'2002 山スキーの記録 2

白馬鑓温泉、燧ヶ岳・会津駒ヶ岳、至仏山、越後駒ヶ岳、前武尊、大渚山
白馬鑓温泉
              
雲上の露天風呂と山スキーを楽しむ

期 日:2002年5月18日(土)〜19日(日)<会山行>
参加者:CL宮田 SL浅見 南雲、安藤、青木、風間、井上

5/18 熊谷(18:00)=猿倉(22:30)<テント泊>
5/19 猿倉(5:49)→猿倉台地1450m(6:34/6:48)→小日向のコル直下1780m(7:40/7:51)
   →小日向のコル(8:08/8:30)→鑓沢・杓子沢出合1620m(8:48/9:02)
   →1835m地点(9:26/9:36)→鑓温泉着(9:58)…入浴と昼食…鑓温泉発(11:43)
   →出合1620m(11:58/12:08)→小日向のコル(12:40/12:57)→台地1500m(13:23/13:28)
   →1420m(13:43/13:48)→猿倉着(14:15)=新行=熊谷(19:30)

 山スキーシーズン最後に計画したのは、白馬鑓ヶ岳東面の大岩壁に囲まれた標高2000mの鑓温泉。山スキーは約4年振りと久しぶりの風間君、同人入会後初参加である信州大学4年生の井上君を加え、フレッシュなメンバーで存分に満喫してきた山行を報告します。

 夜遅く猿倉駐車場に到着し、松本在住の井上君と合流する。さすがにGWを過ぎたため、駐車場には15台程度しか車はない。今年は雪解けが異常に早く心配していたが、駐車場脇の樹林には予想外の残雪があり、ひと安心する。テントを張り軽く一杯となるが、酒豪の南雲さんにつられ就寝が遅れてしまった。

 夜が明けると快晴。真っ青の空にしたに白馬岳山頂とまっすぐ落ちる主稜、代かき馬が赤く染まっていた。いつも見る景色であるが、猿倉で明ける朝はとても気分が良い。天気予報によると寒気南下の影響で午後は雨の予報。早立ち早着のため5時過ぎには出発しようと思ったが、ついのんびりしてしまい、結局猿倉を出たのは6時近くとなってしまった。
 スキーをザックに付け林道を300mほど歩き樹林の登山道に入る。猿倉台地1400m付近から残雪が現れ、左手にはベッタリと雪がついた小日向山北面が目に入る。いつもの年ならこの辺で残雪1m以上が普通だが、何とかスキーも楽しめそうだ。ここで、安藤氏の大学時代の同友で白馬在住高橋氏の3人パーティと出会う。氏とは2年前に雨飾大渚山でも遭遇している強者である。その時は山ボードであったが、今日はテレマーク。氏らは温泉より更に上の大出原を目指すとのこと。いっしょにどうかと誘われたが、「軟弱な我々の今回の目的は‘入浴’である」とお断りする。
 小日向山稜線から落ちたであろう雪崩後のデブリと雪塊を越え、コルへ突き上げる急登をステップを切って登る。反対側には、一昨年GWに滑った金山沢が見える。下部の狭まった所は雪が割れているようだ。ひと登りで広場のようなコルに着く。右手には、そそり立つ杓子岳と鑓ヶ岳の岩壁、いつかはと思っているルンゼ状の杓子沢、そして谷を隔てた目指す鑓温泉の湯気がはっきり見える。
 心配していた杓子沢出合までの南斜面も雪がつながっていて、ここから標高差200mの滑降に入る。雪面は所々雨水が流れる深い縦溝が走りガタガタ状態。波打つ斜面に板を押さえつけるのと、ターンのきっかけでバランスを崩さないよう注意して滑る。久しぶりの風間君は必死のようだ。スキー技術の差が出るところであるが、これもまた楽しい晩春の山スキーでもある。双子尾根側をトラバース気味に滑り、鑓沢と杓子沢の出合1620mの谷底に立つ。鑓ヶ岳の偉容な大岩壁に圧倒されるようだ。見上げる杓子沢も1箇所だけ滝が顔を出していた。ここからは標高差400mを登り返すため、シール登行に切り替える。日差しはめっきり夏の強さで、Tシャツ姿になっても汗が噴き出す。黙々と登ると鑓温泉の湯気がだんだん大きくなってくる。若い青木&井上君は、つられるようにスピードを上げていく。50分の登りで鑓温泉に着いた。
 小屋は解体されて部材が積まれていた。昨日登って来たと思われるテントが2張りと、今日の先着者3名が入浴後のトカゲをしていた。我々も入浴のスタンバイに入る。両手にはタオルと缶ビール。そして、温泉好きであった村越前会長の遺骨もいっしょに入ろう。15人位は入れそうな石で囲まれた露天風呂だ。きっと天国で「いいお湯だな、最高だよ」と言っているのかもしれない。お湯は思っていたよりも熱めで42〜43度程度か。吹く風はさすがに冷たいが、暖まった身体にはちょうど心地よい。すぐ上に源泉があり、とうとうとお湯が流れている。眼下にはいつしか雲海が谷を埋め尽くし、遥かかなたに妙高と火打山が顔を出している。本当に幸せな時間が流れていく。山っていいな。かれこれ1時間近くも入っただろうか。
 風呂から上がり昼食を食べ始めると小雨が降り出した。今度はにわかに忙しくなってきた。後発パーティや稜線を往復してきたパーティとすれ違うように滑降準備に入る。鑓温泉から杓子沢出合までが山スキーのハイライト。北斜面のため、いくらかフラットな雪面と適度な斜度が続き、距離は短いものの満足する。出合から小日向のコルまではシールで登り返す。雲はさらに厚くなり、ガスが沸き視界も悪くなってきた。コルからは急斜面を跳ねるように滑り、台地に入ると濃いヤブをかき分けるように滑る。雪が尽きるまでと、根性で1420mまで滑った。この頃から雨は本格的な降りになり、急ぐように駐車場へ着いた。
 八方温泉で冷えた身体を再び暖め、すっかり定番となった蕎麦の里・新行のそば屋美郷で手打ちそばを堪能する。昨年5月末の針ノ木岳の帰りにも寄った店。その時は、食事後、みんなで店前の木製ベンチに座り、硬いアイスを食べながら鹿島槍を眺めたことをふと思い出す。村越先生が行った最後の山スキーだった。(記・宮田)


燧ヶ岳・会津駒ヶ岳  
GW第2弾 春の恵みを満喫す

メンバー 大嶋、石川、南雲、安藤、浅見(記)
5月3日(金) 熊谷発6:20=桧枝岐11:30(蕎麦)
        =キリンテ12:10
 熊谷を6時20分に出発、連休初日のため東北道の渋滞はさけられない。今日は移動と買い出しだけの予定なので焦る必要はないが、安藤氏のナビで鹿沼ICで高速を降り、旧例勅使街道の杉並木を通って今市から鬼怒川に抜ける。おかげでずいぶん時間を短縮できた。山王トンネルを抜けて福島県に入り、道の駅・田島で山菜と味噌を買う。11時半には桧枝岐に着き、楽しみにしていた蕎麦を食べる。つなぎを使っていない裁ち蕎麦がうまい。午後は石川氏、南雲氏持参の釣り道具を借りて、安藤氏、浅見も釣りを体験。2つめのポイントで2匹をイワナをつり上げおおいに楽しめた。
 この日の夕食は、キムチ鍋と山菜の天ぷら。山菜はタラノメとコシアブラで安藤氏が腕を振るった。どちらもとてもおいしいが、特にコシアブラはあまりなじみがないので、帰りに買っていこうということになる。キムチ鍋は囲炉裏で煮込み、辛さが食欲をそそり、幸せな夕食の時間だった。イワナも囲炉裏の火のそばでじっくり焼かれていたが、満腹すぎて明日までとっておくことになった。風呂は、「燧の湯」(500円、快適)。
5月4日(土) キリンテ発6:10=駒ヶ岳登山口(1100m)6:40
〜駒ノ小屋(2050m)10:00/10:55
〜会津駒ヶ岳(2132m)11:20/11:40
       〜桧枝岐・滝沢橋登山口(930m)13:40
 会津駒ヶ岳は標高差1000mで燧ヶ岳は800mなので、帰る時間を考えないですむ2日目に会津駒ヶ岳を登り、3日目に燧ヶ岳に登ることにする。駒ヶ岳の登山口は桧枝岐の集落の下、滝沢橋から車で5分ほど登ったところに20台ほどの駐車スペースがある。ここから急な斜面を1時間ほどスキーを担いで登る。やがて樹林の間隔がひろがり雪もあらわれてシールで快適に登る。この時期、会津駒ヶ岳だけならアイゼンは不要だろう。駒の小屋は現在、トイレの工事中で休日のみ宿泊を受け付けているとのこと。休憩スペースでお茶をわかして昼食をとった。山頂までは約20分。高曇りながら、燧ヶ岳、至仏、平ヶ岳、中ノ岳、越後駒ヶ岳など多くの山の展望が楽しめた。  いよいよ、待望の滑り。頂上直下の大斜面を豪快に楽しんでから大きくトラバースして登った尾根に戻った。大嶋氏の的確なルートファインディングで樹林帯をぎりぎりまで滑って夏道に出た。ここからはスキーを担いで1時間の下りとなる。車に戻ってもまだ2時前、キリンテに戻って出造り小屋の庭でビールを飲みながら、雑談に花が咲く。この日の風呂はスーパーAコープ前の「駒ノ湯」(500円、やや狭い)。スーパーで買い出しをして、夕食はキノコと里芋の鍋、山菜とアスパラの天ぷら。イワナも囲炉裏の火であぶられて薫製状になりとてもうまかった。
5月5日(日) キリンテ4:50=御池P1500m5:10/5:45
〜広沢田代6:45〜熊沢田代(1950m)8:10
〜 2040m 地点 8:50〜御池P 9:47/10:15
=小豆温泉・窓明の湯10:40/11:50
=熊谷17:00
 あいにくの雨だが、天気予報どおり回復することを期待して、雨具をつけて御池の駐車場から登り始める。裏燧の登りは途中に広沢田代・熊沢田代の2つの湿原を持ち、急斜面と平坦地の繰り返す階段状の登りである。広沢田代まではどうにかシールで登ったが、熊沢田代への登りはスキーを担いだ。熊沢田代から150mほど登り左にトラバースが始まる付近(2040m)で、天候が回復しないので今日の行動はここまでとする。後は視界がきかないので登ってきたコースを忠実に滑り、御池まで1時間かからなかった。今回は頂上直下の豪快な大斜面を滑れなかったが、出造り小屋の生活は予想以上に快適で次に来るときの楽しみにとっておくことにしよう。帰りの風呂は峠を越えて木賊温泉を予定したが林道閉鎖のため、伊南村の「小豆温泉・窓明けの湯」(850円・サウナ・休憩室あり豪華で快適)へ。途中、鬼怒川で江戸村渋滞!に巻き込まれたが、日光宇都宮道路の大沢ICから東北道に入って5時に熊谷についた。山と宿とメンバーに恵まれて、楽しい3日間でした。また行きましょう。
 

尾瀬 至仏山 
GW第1弾 ムジナ沢を快適滑降
期 日:2002年4月27日(土)
参加者:大島、南雲、川辺、豊島、須藤


 久しぶりの至仏の山スキーは、好天に恵まれ、快適な滑走を楽しむ事が出来ました。7時少し前に鳩待峠に着き、登行開始した。順調に進み、予定通り10時には山頂に着いた。この頃には山頂を覆っていたガスもとれ、滑走開始、例年にくらべやはり雪は少なかった。でもスキーをはずす事なくムジナ沢へ滑り込む事が出来ました。
 後はザラメ雪の中、ルンルンの滑走の連続でした。さすがの須藤氏もご満悦の様子でした。11時30分頃山の鼻に到着、鳩待ちには2時少し前につきました。途中木道が出ていて若干苦労しました。
 その後は「綿すげの湯」につかり、6時には熊谷に着きました。



越後駒ヶ岳
‘憧れの越後駒ヶ岳を滑る’
期 日:2002年4月13日(土)〜14日(日)<会山行>
参加者:CL宮田 SL青木 石川、浅見、南雲

 長大な山稜、高度差、豊富な積雪など越後の名山にふさわしい風格を備えた越後駒ヶ岳。「山頂直下の大斜面を、小倉山へ続く素晴らしい稜線を滑ってみたい」と、2年前からあたためていた山スキーの計画。体力的につらい場面もあったが、想像したとおりの大滑降を存分に堪能した。今シーズン一番の充実した山行を報告します。

4/13 晴後にわか雪
 江南(5:45)=銀山平石抱橋777m(8:30/9:00)→柳沢出合(9:50/10:05)
 →道行山南東尾根1100m(11:30/11:45)→道行山(12:20/13:00)→小倉山(13:40/13:50)
 →百草ノ池付近(14:30/14:40)→1763mピーク(15:30/15:50)→駒ノ小屋着(16:20)

 花園ICから関越道を北上する。途中の車窓からは、谷川連峰や巻機山、越後三山などが間近に迫る。麓はすっかり雪は消え春の盛りであるが、稜線は真っ白でひと安心する。湯之谷温泉郷の入口から長い長いトンネルを抜け銀山平に着く。積雪は約2m、例年より少ないが全く問題はない。すでに先行者の車が10台ほど駐車してあった。
 共同装備を振り分け、ちょうど9時に出発する。柳沢出合まで、ほぼ平坦な林道上をシールで歩く。久しぶりの重荷が肩にのしかかる。今日目指すのは、遙か彼方に見える山頂直下の駒ノ小屋。午後からは、寒気の南下で雷雨の予報も出ていたために不安がよぎる。柳沢出合から道行山南東尾根に取り付き、稜線への本格的な登りとなる。いきなりの急登で一気に汗が噴き出す。1060mで一端斜度は緩くなり一服つくが、1100m付近からまた急傾斜となる。雪面が口を開けていてトラバースも危険があったため、一部雪の消えた尾根をアイゼンで登る。藪のなかには踏跡があり、残雪期のルートとなっているようだ。そのままシートラーゲンで道行山に着く。
 すでに12時を過ぎ、思いのほか時間がかかってしまった。ここまで距離も標高差もちょうど半分である。先ほどまではっきり見えていた中ノ岳や駒ヶ岳も雪が舞い始めたようだ。今回はビバークの可能性を想定して、エスパース本体を2張りを担ぎ上げているが、雷はちょっと気分が悪い。何とか駒ノ小屋までがんばろう。
 道行山から小倉山までは小さな起伏がいくつか重なり、うねった稜線の南側には雪庇が発達していた。小倉山のピークをトラバースし尾根上に上がると、いよいよ本峰への登りが始まる。駒ノ小屋まであと標高差500mだ。小倉山付近はなだらかな樹林地形でテント適地が拡がっていた。ここをベースに、周辺を空身で滑りまくるのも楽しいだろう。
 1459m手前から雪が降り出す。雨でなくて良かった。ガスられたらルートを見失いそうな広い尾根であったが、幸い視界が得られたため黙々と登る。百草ノ池も数メートル下に埋もれていた。1763mピークの急登をシールで登り切ると、ガスの向こうに駒ノ小屋のアンテナが見えた。地図で見るよりはるかに近く見えたためホッとする。ここから小屋までは細い急な尾根であるため、再びアイゼンに履き替えステップを切る。午後4時20分、やっと駒ノ小屋に着く。小屋は雪の中から屋根だけ顔を出していた。いつしか雪はやみ、銀山平が遠く彼方に見える。本当に長かった。たった1本の缶ビールを5人で分け乾杯する。
 駒ノ小屋は昨秋建て替えられたばかりで、木目も真新しい。冬季入口の2階から中に入る。先行パーティ10人位が2階を占領していたため、我々は1階へ下りる。以前の小屋の方が、少し広かったような気がする。酒を飲みながら、夏のインドヒマラヤや北海道、果ては来シーズンの山スキーの話まで持ち上がり、就寝は9時になってしまった。

4/14くもり時々晴
駒ノ小屋(7:30)→越後駒山頂(7:50/8:20)→駒ノ小屋(8:25/9:00)→小倉山(9:35/9:50)
→道行山西側鞍部1230m(10:00/10:10)→道行山北東側柳沢下降点1250m(10:30/10:40)
→柳沢出合(11:00/11:20)→石抱橋着(12:00)=広神村=江南

 雪が少し緩んでから行動するつもりであったため、午前5時30分に起床する。ラーメン茶漬けなる変わった朝食を取り、ゆっくりとコーヒーを飲んで出発する。小屋から山頂までは、標高差110m斜度25度程度の斜面が拡がっている。シールで登りながら、ワクワクする気持ちが高ぶる。20分ほどで待ちに待った山頂に立つ。積雪があるため、夏場より広い頂きであった。
 北は守門から浅草、豊富な雪をまとった未丈ヶ岳と続く会津の山、東には尾瀬燧ヶ岳から至仏山、見慣れない角度の平ヶ岳が一段と大きい。南側には、急峻な稜線に続く中ノ岳から兎岳、深い谷を隔てて鋭い岩峰の八海山、たおやかな巻機山がそびえていた。
 しばしの休憩の後、いよいよ滑降の始まりだ。山頂直下の一枚バーンは、皆、歓声を上げるように一気に飛ばす。今年一番の素晴らしい滑りだった。小屋に戻り、今度は重荷を背負っての滑降となったが、広い尾根は適度な斜度と雪質も良く気持ちよく滑れた。
小倉山に立ち、滑った斜面や駒ヶ岳を振り返る。皆、満足の表情だ。
 道行山からは登路の尾根を下らず、少し北側の鞍部からダイレクトに柳沢を滑る。稜線から沢底までは斜度40度、自分が落とした表面のザラメ雪と競争だ。沢底に降り立つとパラレルで飛ばし、アッという間に白沢との合流地点に着く。下から見上げると、垂直のような雪壁に自分達が滑ったシュプールが映える。素晴らしいコースだった。
 後はほとんど平らな林道上をスケーティングで滑らせ、ちょうど12時に車デポ地へ着く。
 帰路は、すっかり定番となった広神村の蕎麦店小松屋で満腹となり、すぐ近くの神ノ湯に浸かり、充実した山行を終えた。            (記:宮田)



前 武 尊  初級山スキー講習

期 日:2002年3月23日(土)<会山行>
参加者:CL須藤 SL南雲 川辺、大山、駒崎、安藤(記)
行程:熊谷(6:00)=オグナほたかスキー場(8:30/9:00)=最終リフト1828m(9:35/09:45)
 尾根上1895m付近(10:50/11:00)〜トラバース上部小休止(11:50/11:55)
 〜前武尊山頂(12:05)〜山頂北東側直下(12:10/13:05)〜東尾根南面、十二沢左岸〜1600m付近で十二沢右岸へ(14:00頃)〜ゲレンデ1580m(14:20)〜食堂にて休憩
  15:10〜16:40頃まで ゲレンデにてスキー講習=小住温泉せせらぎの湯=熊谷(21:00)

<天候>曇り時々小雪ガス少々時に日差し 風速5〜8mくらい
 強い南風で春の嵐をもたらした低気圧が発達して東海上に抜け、典型的な冬型になることが予想された。3月21、22日の雨飾山組も雨で計画を切り上げ、二日目は入山せずに帰ってきた。共同装備の受け渡しで安藤は帰宅した宮田氏と協議し、参加者の変更と天候の予想から計画の変更を提案された。CL須藤氏に電話をし、提案の中からCL・SL共に入山経験のある前武尊に変更が決定した。

 熊谷6時集合、参加は6名のため、安藤車1台(定員は8名)に6人分の荷物&スキーを詰め込んだ。テント山行では無理だが、日帰りなのでなんとか載った。スキーキャリアさえあればもう一人大丈夫か? しかしスキー場への川場村の街道ではエンジンが苦しそうだった。
 スキー場8時半着。第2駐車場だが、第1は50台ほどなのでまだ100台に満たない。連休なのに経営が心配?地図を見ながらミーティングをして9時に出発した。リフト3本を乗り継ぎ最上部へ。リフトもゲレンデもガラガラ。混むのも嫌だがちょっと寂しい。最新の2万図に新設のリフトが載っていないが南東へのびる尾根の直下まで来ているようだ(ゲレンデマップで1828mと確認された)。
9時45分、シールを取り付けて登高開始。いきなりの急登、固い雪。クラストの上に薄く新雪。早速女性二人は格闘していた。クトーがあれば楽だがシールは効くはず、まだコツがわからないようだ。K氏は順調である。スプリットボードのボーダーがあっさり上がっていく。おそらく10分少々であがれる筈のところを30分近くかけ、尾根に出たあたり1900m弱地点で一本。
 女性二人、特にK女史は登りで膝が前に出ず、シールを踏み込めない。これまで山スキーリーダー宮田氏に、シールの効かせ方がわかるまで使うなと言われていた、クライムサポートを女性2人に使わせてみる。K女史は借り物板のペツルでこれには付いてないと思っていたそうだ。他4人はディアミール、Aは一人おんぼろ300。早速サポートを使って2本目を歩き出すと、とっても楽だと言いながらいきなり直登でガシガシ登りだした。雪面も新雪が薄く載りシールがよく効く。先程まで苦労していたのが別人のようだ。
 しかし、ルートが日当たりのいい南向きになり固いクラストの上にうっすら新雪の尾根へのトラバースになると一転した。K氏はそれほど苦労せずトップのあとをついていったが、女性二人はシールとエッジを使いながら踏み込んでトラバースしていく、という場面では全く足が出ない。完全な階段登高で横向きに固い斜面を10分以上直登した。緩やかな所まで上がって小休止。これだけ階段登りをすればスキーに慣れていい訓練だよね、とか励ましなのかヤジなのか。息を整えて目の前の山頂へ。
 前武尊山頂には、屋根に覆われた日本武尊(ヤマトタケル)の像?があった。リフト最上部からここまで行動時間は2時間強であった。インターネットでクロニクルを検索するとこの登りを早い人は40分、平均して1時間前後である。我々のメンバーでもリーダークラスは1時間かからないだろう。天候急変時などの迅速な行動を考えると、やはりもっともっと山に行って、スキーに慣れて上達してほしい。山頂にいた関西弁のボーダー氏に証拠写真のシャッターを押してもらう。少しガスって風もあるので北東側直下へそのまま移動して木の陰で昼食休憩。歯科通院中のS氏が冷たいおにぎりに急に頬を押さえて顔をしかめる。K女史秘密の処方薬は、正に医者からもらう薬でなんかちょっと嫌。時々薄日が射すがまたすぐ曇る。早くお茶を飲みたいがN氏持参のEPIは初期型、しかも黄色缶。沸くのと冷えるのとどっちが強いのか? N氏素手でボンベを暖め、人力ブースター。あらかた食べ終わった頃妥協して粉を投入。それでもなんとか暖かいと言えるコーヒーが飲めた。
 13時過ぎ滑降開始。東にのびる尾根の南斜面(十二沢左岸)を行くことにした。出だしは30度以上ありしかも溶けたシュプールがそのまま凍ってカチカチ凸凹の斜面だが、薄く乗っている新雪のおかげで滑れる。今は雪崩れる心配もないし滑落するほどツルツルでもない。O女史は下りはいきなり中級者。K氏K女史もこわごわであるが転倒もせずクリアした。少し下ると新雪が程良い、とても素晴らしい快適な斜面になった。へたなゲレンデよりターンしやすい、気持ちの良いサラサラの圧雪の様な状態。皆喜んで快調に飛ばしていくと、突然前を行くK氏とK女史がバタバタ転び出す。どうしたんだと追いついた瞬間に自分も雪に突っ込んだ。ゆるい樹林の日だまり。最高の時間は一瞬だった。そのあとは重くて深くてどうにもまわらない雪。K氏、K女史はもんどり打っている。O女史もこうなると苦労している。Aは曲がる気はなく、ずるをして斜滑降とキックターン。先頭のN氏は数年前より見違えるほどうまくなった。最後尾S氏は暇そうである。
 1700m付近でゲレンデが見え出す。1600mあたりで右岸に渡る。雪が橋のようになっていたので下には道があるのか? 登り返しを少なくするため、見えているリフトの終点を目指すことにする。トラバースして最後にちょっと登り。シールのない登りにK氏も最後の一苦労。リフト上のボーダーが好奇の目で見る中を這い上がって、1580m、クワッドリフト上部のレストラン前に出た。下から見上げると山頂直下出だしの斜面は壁のように見えた。休憩はレストランでいきなりレジャーモードで、お疲れ様と言うことでN氏とAは早速生ビールなんぞを注文していた。ほっと一息、皆しきりにあの中段の斜面の快適さを振り返っていた。しかしこのあと、ゲレンデにてスドースパルタスキースクールの地獄の特訓が待っていようとは、まだ夢にも思っていないメンバーであった。


大渚山   
一気に駆け抜けた大渚山山スキー

期 日:2002年3月21日(木)〜22日(金)<会山行>
参加者:CL宮田 SL青木 白根(湯治)

 今回で4年連続となった雨飾山山スキーと小谷温泉山田旅館、参加者3名と少し寂しかったが、速攻で登り滑った大渚山といつも変わらぬ名旅館のお湯ともてなしが迎えてくれ、満足いく山行となった。

3/21 晴後雨
 熊谷(4:00)=白馬=小谷温泉(8:30/9:00)〜熱湯〜尾根取付点768m地点(9:30/9:45)
 〜1030m(10:25/10:30)〜大斜面下1320m(11:25/11:35)〜大渚山頂(12:25/12:55)
 〜湯峠(13:15)〜鎌池(13:25)〜雨飾荘下(13:45)〜小谷温泉着(14:05)

  小谷温泉に向かう道中、白馬大橋に立ち寄り、鹿島槍から五竜、不帰白馬岳へと続く壮厳な後立山連峰を眺める。宇宙へ突き抜けそうな青空と白銀の山々、活発な寒冷前線接近前の静かな朝だった。しかし、2月半ばからの異常な暖かさで雪はかなり少ない。 白馬山麓を覆っていた雪は、小谷村に入る頃には北斜面に雪を残すのみとなった。さすがに、小谷温泉まで上がると真っ白Mr青木な風景となったが、昨年や一昨年の2,3mを越す雪の壁はなく、50p程度しかなかった。半月以上先の風景だろう。
  朝8時30分到着にかかわらず、部屋に通されてお茶をいただく。宿の話によると、今年は1月初めまでは大雪続きで、旅館でも8回も雪下ろしをするほど積もったが、2,3月は数十p積もることはあったものの、水分の多い雪で解けるのも早かったという。
  天気予報から午後2時過ぎには雨が降り出すと予測し、寒冷前線通過前の下山を決める。時間との戦いになりそうだ。装備を整え旅館を9時に出発する。予定していた熱湯 温泉脇を通り橋のたもとに立つと、対岸のルートを裂くように、土を含んだ雪崩のデブ リが2カ所見える。通過は危険と判断し、標高差100m車道を下り、尾根の取っ付き点に着く。暑いと感じるほどの高温で汗が吹き出す。
  シールを付け、いきなり急な壁を登る。南向きの斜面は雪が途切れていたため、北側の沢に回り込み階段登行で突破。夏は田圃と思われる雪原を通過し、今度は針葉樹林の急登を登る。針葉樹特有の波打った雪面と落とし穴に苦労したが、1030mで木の幹の赤いツアー表示を見つけ一休みする。最近つけられたものだろうか。ブナ林に変わったが、さらに急登は続く。シールの限界にトレースを刻み、グングン高度を稼ぐ。1190m地点に立つと、右手に昨年滑った雨飾山が姿を現す。しかし、空は曇天に変わり、南西の風が時々強く吹きつけるようになる。北アルプスも霞んで見えなくなった。先を急ごう。
  樹林の壁を登りきると、標高差200m斜度30度以上の大渚山頂部大斜面が目に飛び込む。標高1500m程度の山とは思えないほどのスケールだ。登路はいくぶん斜度が緩い南側の 尾根上を電光石火のごとく登る。この急登が肋骨骨折の病み上がりの体にかなり応えた。体力トレーニングの必要性を強く痛感する。また、春の軟雪だから何とかシールで登れたが、新雪の深い雪ではかなり苦労しそうだ。
  やっと斜度も緩くなり、12時25分に北側が大雪庇となっている大渚山山頂部の東端に出た。最高点はさらに20mほど上であったが、南西の風は更に強まり上空には黒い雲が流れ、雨飾山も霞み出していたため、ここを今日の山頂とする。ビールで乾杯し、昼食を詰め込む。お茶を沸かす時間もなく、記念写真を撮りすぐに下山体制に入る。
  期待していた大斜面は、悪雪で板が思うように曲がらない。斜滑降とシュテムターンで高度を下げる。滑り始める前は登路を戻るつもりであったが、この雪質では快適な滑降を望めるべくもなく悪天時の下降を避けるため、通いなれた湯峠経由を下山ルートとした。結果的に大正解で、湯峠を過ぎた当たりから雨が降り出した。登路では登山者をまったく見かけなかったが、湯峠では数パーティとすれ違う。滑らない林道をスケーティングで進み、少し顔を出し始めた鎌池脇を通り樹林の急斜面を滑り、本降りのなか村営雨飾荘下の林道に到着した。板を束ね2名は黙々と宿を目指す。玄関に入ると、ひと風呂浴びた白根さんが出迎えてくれた。
  いつもはすぐに一杯となるが、冷えた体は温泉へと向かう。村越前会長が好きなお湯の3本に入ると言っていたことを思い出す。今年は早い雪解けの影響か少しぬるめであったこともあり、つい長湯になってしまった。

3/22 曇後雨
  朝から厚い雲が立ちこめ、午後から雨の予報。予定していた雨飾山P2の登頂を諦め、 帰宅することにする。糸魚川を過ぎた午前10時頃から雨が降り出し、日本海も寒々し かった。                            (記:宮田)