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山域山名:北アルプス・十石山&焼岳(長野県)
期 日:2004年2月10日(火)〜11日(水)
参 加 者:CL宮田 SL青木 石川、豊島、福田、木下<焼岳のみ> (計6名)
行動記録:
厳冬期に滅多にないほどの快晴無風に恵まれた十石山、3年前に山頂直下で断念し課題としていた焼岳。両山とも計画どおりの登頂&滑降ができ、大変充実した山行となりました。
<十石山、悪雪格闘編>
2/10(快晴) 江南・循環器病センター(3:10)=梓川SA(5:15/5:35)=乗鞍高原(6:45/7:05)
=白骨温泉ゲート1390m(7:30/8:05)→1480m(8:25/8:40)→1630m(9:10/9:15)
→湯沢平1810m(9:55)→1835mピーク(10:10/10:30)→2150m(11:55/昼食/12:30)
→2400m(13:40/13:50)→十石山山頂2524m(14:30/15:15)→1810m鞍部(16:25/16:35)
→1835mピーク(16:45)→白骨温泉1390m(17:30)=中ノ湯温泉(18:45)
『モルゲンロートに染まる乗鞍岳に迎えられ 』
午前3時という早い集合時間であったが、定刻に全員が集まりひと安心。皆、緊張から寝られなかった様子。長野道梓川SAで朝食、松本市内のコンビニで2日間分の行動食を買い白骨温泉に向かう。国道付設の気温計は−13℃を示していた。寒気が抜けた直後の快晴の日は、特に朝の冷え込みが厳しいものだ。乗鞍高原に入ると、ちょうど日の出の時間に重なったため、真っ赤に焼けた乗鞍岳が真正面に飛び込む。こんなに赤く染まる山を見たのは久しぶりである。スーパー林道入口の駐車場で乗鞍岳の写真を撮る。
『湯沢平のダケカンバ大木に感動!その後は樹林帯の急登ラッセル。山頂は遠い……
』
白骨温泉街を抜けて除雪最終地点となる料金所ゲート脇に車を停める。今日は平日、ほかに登山者はいないようである。道路脇の積雪は1mほど、平年並みか。ヤッケを着込み、共同装備を分けて出発。山頂までの標高差は1100m以上だ、がんばろう!
2日前の週末時のトレースどおり、林道ゲートから3つ目のヘヤピン(1470m)から樹林に入る。直後に福田先輩からアクシデントの申し出が…、先週末にけがした足から出血とのこと。やむを得ず、今日は待機とする。樹林に入り間もなく超急斜面のトラバース、距離にして100mほどではあるが、雪の状態によっては恐怖を感じる斜面だろう。鞍部からは、杉の植林帯の急登に変わる。まったく無駄のないトレースは、この山に通い慣れた山屋に違いない。おそらく、十石小屋に泊まったのだろう。しかし、そのトレースも高度を上げるにつれ積もった新雪で分からなくなり、しかも朝陽に正面から照らされて腐れ雪となった。いきなりの重雪ラッセルである。日射しの暑さにヤッケを脱ぐ。
急登を登り切ると、ダケカンバの大木が立つ湯沢平に着いた。噂には聞いていたが、本当に素晴らしい景色だ。立派な枝が四方に高く伸びて、その幹の上に新雪が積もり、バックは透き通るような青空、何とも言えない幻想的な風景だった。迷わずシャッターを押す。
1835mピークで休憩を取った後は、いよいよ尾根の急登だ。ここ1ヶ月の寒波続きで、シラビソ繁る針葉樹林にはたっぷり新雪が積もっていた。膝上ラッセルを青木君と交代で、黙々と、時に雪を蹴散らせながら高度を上げる。汗をたっぷりとかいた。1時間30分の格闘の末、急登を登り切った2150mで昼食タイムとなる。
『 野ウサギの先導を受けて、穂高連峰を右手に、快晴の稜線を登る 』
この先は傾斜は緩むも、ラッセルは相変わらずだ。休憩で元気を取り戻した石川さんもラッセル参加し山頂を目指す。いつしか、真新しい野ウサギの足跡と並行に登るようになった。このウサギも山頂に真っ直ぐ登っている。道案内のつもりだろうか。なるべく足跡をなぞるように登る。本当に細いトレース(ではないが)でも、スキー板のトップが埋まるのを和らいでくれる。ウサギさんありがとう。上空には、時折、北に向かうジェット機が通過していくが、乾燥した大陸高気圧の影響か、飛行機雲がまったく出ない。どこまでも青い空に、JASのロゴがはっ きりと見えた。
2300m付近からは針葉樹も隙間が出てきて、右手には穂高連峰の吊り尾根が見えてきた。2400mからは完全な森林限界となり、南北に広い十石山山頂の大斜面を、右にトラーバース気味に登っていく。風に叩かれてシュカブラの斜面を想像していたが、雷鳥の足跡も残るほどの軟雪でラッセルが続く。その分、滑降の楽しみが倍増である(辛さを忘れて思わずニンマリです)。
傾斜が緩みだだっ広い山頂部の一角に着く。十石小屋には寄らずに一番高い山頂に向かう。もしガスっていたら、下山する尾根を見つけるのは相当困難であろう。悪天や小屋に泊まる場合は、旗竿が必携の山である。
『山頂からの北アルプス大展望に感動! いよいよ、山頂からの滑降だ!! 』
山頂に着いた瞬間、みんなで健闘をたたえあう。がんばった豊島さんはとても感激の様子だ。登り始めてから6時間、無理もないでしょう。それにしても景色がすごい。大山塊の乗鞍岳、笠ヶ岳から黒部源流の山、槍穂高連峰など絶景が拡がる。明日目指す焼岳南東尾根のルートがよく見える。下堀沢カールにはデブリが3箇所あった。
記念写真を撮った後、いよいよ滑降だ。真っさらな山頂直下の大斜面に飛び込む。粉雪とはいかないまでも、板から雪が舞い上る。穂高連峰を横目に見ての滑りは最高であった。思わず、刻んだシュプールをカメラにおさめる。
ところが、気持ちよく滑れたのは樹林帯に入るまで。雪が深すぎるため、斜度が緩むとほとんど滑らない。なるべくトレースを外さないようにする。しかも2100mから下は、雪面が一度解けたあとに硬く締まり、狭い林間を滑るのに難儀となっていった。
『腐れ雪の滑降に体力と時間を要し、夕暮れ間際に無事下山となる 』
1835m手前の鞍部からは標高を下げぬようトラバース気味に進んでみたが、雪が深すぎてまったく進めない。登路のトレースはたった20mの登りであったため、足を取られながらも仕方なく板を担いで登る(これが辛かった)。湯沢平下の杉の植林帯は、完全なモナカ状態。こうなるとスキーはどうにもならない。が、ほんの斜面が数度北東向きとなるだけでガラリと雪質が変わる。密な樹木の間を、強引に跳ね上げターンで滑る。これまた、山スキーの醍醐味?である。最後に、恐怖地帯と化した急斜面トラバースをこなし林道へ。下山が遅れ、少々心配顔な福田先輩と合流となった。
移転して真新しくなった中ノ湯温泉で、冷えた身体を温める。美味しい料理も手伝って酒が進み、大反省会?となった。部屋に戻り、明日の焼岳登山の打ち合わせ。‘十石山で十分満足した’という石川&豊島さん、足に不安がある福田先輩からの声を受けてパーティを再編成する。あくまでも山頂を目指すAパーティ(呼称;兎さんチーム<L宮田、木下、青木>)と、中腹の高天ヶ原までとするBパーティ(同;亀さんチーム<L石川、豊島、福田>)に分けることに決定し、急遽、木下さんに無線機追加を伝え、就寝となった。
<焼岳、快適滑降編>
2/11(晴のち雪) 中ノ湯1510m(8:10)→南東尾根取付1620m(8:30)→1670m(9:00/9:10)
→1860m(9:55/10:05)→高天ヶ原2037m(11:05/11:20)→2320m(12:40/昼食/13:20)
→焼岳南峰2455m(13:40/13:50)→2320m(14:05/14:25)→高天ヶ原2020m(14:45/15:00)
→下堀沢右岸尾根1650m(15:35/15:45)→下堀沢出合1500m(16:00)
→梓川河原1440m(16:25/16:35)→釜トンネル入口(16:45)→釜トンネル下1315m(17:05)
=中ノ湯温泉(17:30/19:00)=江南(22:45)
『またもや樹林帯の急登ラッセルが延々と続く…… 』
午前6時に到着していた木下さんと合流し出発。宿裏から旧安房国道に入る。2つのヘヤピンを通り、道路脇の鉄柵を乗り越えて焼岳南東尾根に取り付く。週末のトレースは西側に回り込んでから尾根に取り付いているようであるが、我々はいきなりジグザクにシールを効かす。膝付近までのラッセルと、快晴の日射しに照らされる南斜面は特に暑い。大きなシラビソが生える急な尾根が続くが、3人でラッセル交代しながら高度をかせぐ。週末の登山者は悪天もあったのだろう、1900m付近で引き返したようである。途中で何カ所か、ポッカリとクマザサの地面が見える大きな穴があった。きっと、この奥に熊が眠っているに違いないと話し合う。
B隊とは、午前10時以降に1時間おきに無線で定期交信を交わす約束にしていた。彼らも、順調に登っているようである。1972mピークを西側から巻き、ダケカンバの幼木が交じる平坦地を真北に進むと標高2037m高天原を見おろす尾根に出た。目前には目指す焼岳南峰と噴煙を上げる北峰が覆い被さるようにひときわ高い。この急な斜面を登れるだろうか、と少々不安となる。その右手には穂高連峰と上高地、霞沢岳がよく見えた。間食を食べながら、登行ルートを探す。
『さあ、山頂目指してがんばろう! 』
山頂へは、傾斜が若干緩そうな西側の小尾根にルートを取る。気温上昇で重たくなった湿雪がスキー板の上にのると、はねのけるのに苦労する。約10分ほどの間隔で3人でラッセル交代する。2120mから尾根上を登り、3年前に引き返した2260mを通過、ここから森林限界となる。右手には下堀沢カールが拡がるが、厳冬期は雪崩が怖い、春にまた来よう。2318mピークを東側からトラバースしたところで、岩の空洞に落ちそうになった。焼岳は火山であるため、たっぷりと積もった雪がこのような岩の落とし穴を至る所に隠している、注意が必要である。
山頂ドームを望む2320mの大雪原は立ち枯れた木が散在し、荒涼とした気味の悪い景色であった。この稜線に立つと、吹き抜ける風が強まり急に雪面が硬くなった。日本海を通過する低気圧に向い、上空には鉛色の雲に覆われつつあった。天気も一気に下り坂の様相だ。
風を避けられる岩陰で昼食を取る。ここからアイゼンに履き替え、空身で山頂を目指すことにする。東側に張り出す雪庇に注意し、最後の急登を登り終え、ついに焼岳南峰山頂に立つ。北峰からは、硫黄分をたっぷり含んだ黄色い煙を吹き出しているのが見える。ここ南峰が最高点であるが、北峰から通ずる夏の登山道は崩落のため登山禁止となっている。積雪期しか立てない訳であり、なおさら気分が良い。
山頂に着いて間もなく、雪が降り出した。同時に、青木君の携帯に奈良にいる宮内君から電話。5月1日の結婚式に出席してほしいとのこと。快くお受けする。滑降のためには視界がほしいため、長居は無用である。
『山頂から上高地に向かって滑降! 樹林帯は粉雪の快適滑降が待っていた 』
ザックデポ地に戻り、いよいよ滑降だ。雪が少し強まり、B隊が待つ高天ヶ原は見えづらくなってきた。登りのトレースに添うように滑る。午前中の日射により、所々表面が硬く締まり快適とは言えないが、それでも程度の良い斜面を選びながら滑る。急斜面でターンすると腿までもぐる。熱いコーヒーを湧かし待っていてくれたB隊と無事合流。
ここからは登路をはずれ、計画どおり上高地方面へ滑ることにする。中ノ湯へは南面を向く尾根であるが、上高地に続く下堀沢右岸尾根は東北東を向いているため、雪質が良いのが特徴である。2001年に往復ともトレースしているために期待をしていたが、「当たり」であった。1800mまでは地図に見えない小さい起伏があるが、GPSと高度計で現在地を確認しながら滑る。尾根はダケカンバが若干濃いものの、雪質が極上で快適そのものであった。休憩を入れて、高天原からちょうど1時間で下堀沢出合に降り立つ。昨日の悪雪と違ってか、石川さんをはじめ、皆気分が良さそうな滑りだった。
『最後に、問題の梓川と釜トンネル越え。お疲れさまでした 』
出合から釜トンネルを目指し梓川右岸の河原を滑って行く。川の水量は3年前より多いようで、本流は隠れておらず嫌な予感がしていたが、結局は、釜トンネル間近の一番川幅の狭いところで石づたいに渡ることとなった。スキーを脱いだ直後に穴に落ちる者もいたが無事通過。車道への急壁を登り(旧)釜トンネルに入ったが、ここからがまたも大変であった。現在、釜トンネルは新道を建設中(上高地側の半分のみ新たに掘ったようです)であるが、いつからかこの旧釜トンは資材置き場と工事部材料の製造場所となっていた。知らずに入った我々は、熱温風器によるアイスバーン、遮断カーテンなど障害物に行く手を阻まれる。鉄柵に捕まったり、腹這いになってカーテン下を通過するなどに遭遇する。新道は通過可能となったので、次回はそちらへ行きましょう。
釜トン出口の中ノ湯売店から旅館に電話して、迎えに来ていただいた。大変ありがたいサービスに厚く礼を言って、充実した山行のフィナーレとなりました。
次回の焼岳は、雪が落ち着いた3月に下堀沢カールを豪快に滑りましょう。
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