山スキー記録    熊谷トレッキング同人

‘モナカ雪に悪戦苦闘’
乙妻山山スキー報告

山域山名:頸城・乙妻山(長野県)
期  日:2006年3月11日(土)〜12日(日)
参 加 者:CL宮田 SL木下 浅見、駒崎(計4名)

行動記録:
3/11 循環器センター(5:00)=大橋1140m(8:35)→佐渡山南方1580m鞍部(10:30)〜 氷沢源頭→乙妻山北東斜面B.C.設営1430m(12:00/13:00)→1740m(14:00)→ 2100m(15:00)→2200m(15:30スキーデポ・アイゼン装着)→乙妻山頂2318m(16:11/16:20)→
 デポ地(16:30/16:40滑降開始)〜B.C.(18:35)

(天候:晴れ)
 携帯のアラームが鳴って起きたつもりだったが、何とリーダー宮田氏からのモーニングコール。4時40分、集合時間を過ぎている。無意識にアラームを止めて寝てしまったようだ、大失敗。寝起きで働かない頭でいくつかの選択肢を考える。申し訳ないがキャンセルする、みんなには先に行ってもらって自分の車で登山口まで行く、すぐに高速に乗ればそれほど時間差はできないのではないかと後者を選んだ。急いで支度しているとリーダーから再度の電話で道の駅花園で待っていてくれるとのこと。食料の買い出しも頼んで、鶴ヶ島ICから花園ICに車を走らせた。道の駅で合流、出発を遅らせて申し訳ない。

 幸い、高速走行はスムーズで8時には大橋につき、8時半に歩き始めることができた。天気は晴、気温も高い。テント泊の重荷がこたえる。3月のこの時期悩むの何を着るかということ、厳冬着の支度では暑くてたまらない。私は冬用の下着の上に化繊の半袖ポロシャツを着てゴアジャケットを着ていたがそれでも暑かった。約2時間で佐渡山南方の鞍部に着く。ここから氷沢源頭部の滑降であるが重荷で滑るのは難しい。いつもの調子で滑ると予想外の荷物の慣性力で前のめりに転んだ。重荷では無理は禁物である。高妻沢を越えて氷沢左岸を進み、1430mにエスパース4人用を張る。久しぶりの重荷にこの頃から太股が攣りそうだった。過去の経験でも小屋泊まりや日帰りで足が攣ることはなかったがテント泊では何度か攣ったことがある。特にテント泊の1日目は足が慣れていないこともあるのか2日目よりも攣りやすい気がする。個人用の薬品や修理用具を持っていて、軽量化をあまり意識していないこともひとつの原因だと反省している。


 寒冷前線通過にともなう荒天が予想されるので、今日のうちのアタックを目指し、北東斜面をひたすら登る。山スキーのためにあるような広大な斜面であるが登りはつらい。ついに2100mで太股が攣って山頂はあきらめることのした。駒崎さんと二人で待つ。天気も良く、風もないが日が傾き動いていないと寒い。中間着を着込んで待っていた。妙高山、火打山、焼山などがよく見えた。宮田・木下さんは途中スキーをデポしてアイゼンで登頂を果たした。高妻山をはじめとする大展望が楽しめたようで、うらやましい。

 下山してきた2人と合流し、いよいよ滑降であるが、表面がしまって板状に凍った雪はひっかかって曲がれない。悪戦苦闘しながら降り、途中からは板をザックにつけてつぼ足で下山した。樹林帯に入ってからはボーゲンで制動しながら滑る。ついにヘッドランプを出して6時半過ぎにテントに到着した。

 夜は雪のテーブルを囲んで酒とおしゃべりの楽しい時間を過ごす。重くて苦しいテント山行もこの時間があるので止められない。

3/12 B.C.(10:00)→佐渡山南方1580m鞍部(11:10)〜大橋(12:10)

(天候:湿雪)
 夜半に雨、朝からは湿雪が降っていた。雪崩に警戒しながら氷沢源頭をつめ、佐渡山の鞍部を通って大橋に下山した。相変わらず滑りにく雪質だった。12時10分に駐車場着。

 宮田氏のプラドが車上荒らしに左後のガラスを2枚割られ、中のデイパック2個とジャケットが盗まれた。警察に連絡して到着を待つ間も大粒の湿った雪はどんどん積もって寒い。これがもし、荒天の夕方だったら登山者の命にも関わるであろう。重大で卑劣な犯罪に怒りがふくらむ。警察官の話によると山菜の季節に特に車上荒らしが多いそうだ。豊かな自然が残る地域でもこんな犯罪にあってしまうとは、日本全体がもう安全な国ではないんだと思うとさびしい気持ちになった。

 最初から最後まで、トラブルの多い山行だったが、山はいつか最高の時間を与えてくれると信じている。懲りずに、また行きましょう。             (浅見記)