山スキー記録    熊谷トレッキング同人

裏岩菅山
アルバム

山域山名:奥志賀・裏岩菅山(長野県)
期  日:2008年4月25日(金)
参 加 者:宮田(単独)
行動記録:奥志賀高原スキー場P1460m(8:15)→1770m(9:00/:9:10)→1855m
(9:20/9:35)
 →1980m(10:10/10:30)→1970m沢横断(10:40)→稜線2110m(11:00/11:10)
 →裏岩菅山2341m(12:05/12:50)〜1855m(13:30/13:50)〜奥志賀高原スキー場P
(14:10)
<天候:雪のち晴れ>
 朝、奥志賀に着いてみると予想外の雪が降っている。気温はちょうど0℃、寒気が入っているようだ。止むまで少し待っては見たがその気配なし、登っているうちに晴れるでしょう。

 雑魚川の橋を渡ったヘヤピンからシールで登り出す。積雪は50pほど、山スキーにはまったく支障はない。夏道とおぼしき水平を越えるとだんだん傾斜が増してくる。相変わらず樹間は密だ。降雪と濃いガスで視界が得られず、周りの地形はまったく分からない。途中で昨日と思われる大きな熊の足跡を発見、こんなところでばったり遭ったら大変と、時折大声を張り上げながら登る。

 1855mピークでちょっと様子を見るが、好天の兆しはない。帰りに迷わないようにGPSで地点登録する。ルートは1855mピークから緩斜面をつめて、大倉沢の源頭を1920mで横断しなければならないので、左手に現れる沢に注意しながら登る。予定どおり1920mで小沢を渡る。さらに登っていくと沢の両岸が急に狭まり、沢右岸側に岩壁と沢底も急傾斜に。岩壁は大倉沢右岸のカール状斜面脇200Om岩峰と思ったがどうもおかしいのでGPSで位置確認する。どうやら緩斜面にある1本南側の枝沢に入り込んでしまったようだ。標高差30mほど下降し、北方にトラバースするとさっきの枝沢よりほんの少し大きめの大倉沢があった。霧も一瞬薄くなり、取り付くカール状斜面と脇に張り出した岩峰が見え、30分ほどロスしたが現在地が特定できてひとまず安心。大倉沢で再び熊の足跡とどうやら斜面を滑り落ちた跡?があり、再び緊張して大声を上げる。頭上の急傾斜地の岩基部に巣穴があるに違いない。怖さのあまりここはスピードアップで登る。

 カール状斜面を入り幾分疎林域があった。最後の急斜面を抜けると2032m三角点に続く稜線に出る。昨日と思われるシュプール跡があった。岩峰鋭い烏帽子岳へのJPに立つと急に青空が拡がってきた。眼下を見下ろすと雲海が広がり、その先には北アルプスと妙高山群が雲上に顔を出していた。やっと気分も軽くなり、格好いい烏帽子岳を見ながら快適な広い稜線登行が続く。最後のせり上がりを登ると、裏岩菅山頂だ。手作りの看板と三角点があった。山頂からは、今朝、雪化粧をし直した浅間山が見える。足下には樹林をズタズタに切り裂いた志賀高原スキー場が痛々しい。この岩菅山も西武による長野オリンピックの滑降コース開発の標的になったが、自然保護運動で守られた。日本有数のビックリゾート志賀高原でさえ、昨今は閑古鳥が鳴いている。一部の金欲財閥のためにこの貴重な自然な失われなくて本当に良かったと思う。

 さすがに山頂は西風が強く、すっかる体が冷えてしまった。さぁ、下りましょう。山頂北方の沢状斜面も魅力的だったが、今日は湿雪が積もり雪質もよくないので、往路を戻ることにする。直下の無木立斜面でちょっと飛ばしたあとはJPまで少し階段登行、密な尾根をやり過ごしてカール状斜面に滑り込む。ここは楽しめました。大倉沢を1930mで渡り、濃密な樹林帯を右に左にターンしながら滑って1855mピークへ。振り返ると快晴になった岩菅山がまぶしい。あとはひと滑りでヘヤピンに出た。

 このルートは滑り派には今ひとつであるが、志賀山群最高峰の裏岩菅山に立つには良いルートである。帰路に車道から岩菅山を見上げ、めぼしい尾根を確認して発哺温泉へ。湯ノ花たっぷりの熱いお湯に浸かり、開通したての草津高原ルートの雪壁をドライブして家路に着いた。