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月日 |
曜日 |
行 程 |
備 考 |
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1 |
8/1 |
(木) |
成田→(JL471)→デリー |
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カニシカ身売りの為パークホテル |
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パークホテル泊 |
サンジャイ氏と会食、村越先生を偲んで黙祷 |
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2 |
8/2 |
(金) |
デリー→クル→マナリ |
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クルの空模様眺めで1時遅れの出発。 森田先生スピティーへ出かけ留守、奥様が歓待してくださる。 |
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アシュラム泊 |
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3 |
8/3 |
(土) |
マナリ滞在 |
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リグジン氏をお見舞い |
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アシュラム泊 |
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4 |
8/4 |
(日) |
マナリ→チャトル→ダダルプー |
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ジープにて出発。道路事情非常に順調 |
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チャトルで森田先生と出会う |
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テント泊 |
6人対岸の滝まで高度順化 |
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5 |
8/5 |
(月) |
ダダルプー→バタル→クンザン ラ |
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クンザンラの少し上からダライラマが座ったという椅子を経て尾根道を行く。キャンプサイトは、チャンドラタールから数キロ戻った所、歩き始めて約9時間やっと到着 |
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→チャンドラタール→キャンプサイト |
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テント泊 |
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6 |
8/6 |
(火) |
キャンプサイト→チャンドラタール |
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チャンドラタールの丘に村越先生のケルンを造る |
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→キャンプサイト |
テント泊 |
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7 |
8/7 |
(水) |
キャンプサイト→バタル→チャトル |
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森田ご夫妻の出迎えほっと一安心 |
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→マナリ |
アシュラム泊 |
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8 |
8/8 |
(木) |
マナリ滞在 |
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現地の友人とチョップスティックで昼食会 |
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アシュラム泊 |
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9 |
8/9 |
(金) |
マナリ→クル→デリー |
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1時間30分遅れでクル出発 |
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セントラルコテージで買物 |
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パークホテル泊 |
ゲイ・ロードでサンジャイ氏と夕食 |
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10 |
8/10 |
(土) |
デリー滞在 |
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観光組と休養組に分かれる |
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タージマハル観光 |
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(滝沢・逸見・宮田・井上) |
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福田隊長誕生日、サンジャイ氏達も一緒に祝う |
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パークホテル泊 |
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11 |
8/11 |
(日) |
デリー滞在 |
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福田隊長B隊を待ってそのまま滞在 |
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デリー→(JL472) |
機中泊 |
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12 |
8/12 |
(月) |
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→成田 |
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8名元気に解散 |

第 1日 8/1(木)
天気:晴れ
行程:成田 → デリー
記録:滝沢
7:56 熊谷駅発の電車に乗る。駅には加藤俊夫さんが見送りに来てくれて、旅行保険の証書を頂き、お茶の差し入れを頂いた。
高崎線の中では、熊本から帰省中の金子君が合流し、上野駅まで見送りしてくれた。彼の話では、昨日帰省して8/5には任地に帰るとのこと。高度障害の薬についても教えて頂いた。
9:26 京成上野駅より特急に乗る。
10:45 成田空港の到着。宅急便窓口で大荷物を受け取り、両替え。両替は1ドル=122円。
11:30 JALカウンター前で宮田さんたちと合流。9人全員がそろった。搭乗手続き、大ザックを荷物カウンターに預けてから、そば屋で食事。旅の前途を祝して、生ビールで乾杯。
13:00 再集合して出国チェック。免税店ではインドに土産の酒・タバコを購入。
14:05 JAL471便に搭乗。機内はかなり空いていた。
14:15 インドへ向けて離陸。
16:15 北九州上空を通過、東シナ海に抜ける。この後、飛行機は真っ直ぐ西に飛び、中国の重慶、昆明あたりを通過。
20:45 バングラデッシュのダッカを通過。
〈日本時間20:45 → インド時間17:15に変換〉
17:30 インド上空に入る。
18:55 インディラガンジー空港に着陸。入国チェック、荷物受け取り、両換え。
19:50 迎えのアルワリア氏に会った。彼はいきなりビールの栓を抜いて大歓迎。タクシー3台でホテルに向かった。
20:25 パークホテルに到着。チュックイン。
21:00 少し休んだ後、レストラン クワリティへ。インド料理で夕食。ここへ宝石屋のサンジャイ氏、その後友人のボビー氏も合流。彼の提案で村越先生をしのんで黙祷。
22:30 ホテルに帰り、風呂に入って就寝。
・私にとっては5年ぶりの今回のインド行きは、ようやく出発の日を迎えて胸がおどった。・JAL471便は、ビールやワインを飲みながらの快適なフライトだったが、やはり客は少なく、全体的には3分の1の乗客という感じであった。昨年9月の「同時多発テロ」、今年5月からのインド・パキスタンの緊張は、まだまだ影を落としている。つい先日までJALの定期便は運行を止めていたし、今年の夏は、日本の大手旅行社のインド観光ツアーは全面キャンセルとなったままだから、他国からのインドツアーも推して知るべしということだろう。観光収入は激減ということになるだろう。
・ニューデリーに着いて案内されたホテルが、予約してあったカニシカ・ホテルでなくて、パークホテルであったことは不審に思っていたが、夜の会食の場で明らかになった。サンジャイ氏の話によると、カニシカホテルは政府系のホテルであったが、つい1週間前にある外国資本との合弁会社に身売りされてしまって、ホテルは閉鎖されてしまったとのこと。今は電気も無いので宝石屋もジュウタン屋も営業できない状態だという。仕方がないので2日前にこのパークホテルを予約したとのことであった。カニシカは今後取り壊されて新しいホテルに生まれ変わる予定だという。
世の中、政治も経済も大激動の時代だが、インドも例外ではない。我々の旅行事情までその大波を受けることになろうとは。ニューデリーでの我々の拠点を失ってしまうわけだが、サンジャイ氏は「私がいる限り大丈夫」と言ってくれた。
・村越先生の逝去はインドの知人たちにも大きなショックを与え、悲しみをもたらしていた。サンジャイ氏は大変ショックを受けたと言い、今でも毎日想い出さない日はないと言った。友人のボビー氏は、会食会に来てくれて、「彼はいい人でした」と言い、先生のために黙祷しようと提案してくれた。宮田さん持参の先生の写真をみんなで見てから、全員が起立して黙祷した。この遙かな異国の地での黙祷は、インドの人達の暖かい気持ちが心にしみて、思わず目頭が熱くなった。
第 2日 8/2(金)
天気:晴れ
行程:デリー →クル →マナリ 山荘アシャラム宿泊
記録:高野
5:30 モーニングコール
6:00 ロビーのレストランで朝食
6:30 ホテルを出発、空港に向かう。
7:00 国内便空港に到着。搭乗手続きをとるが模様眺めで出発が遅れる。
9:00 1時間遅れで出発。
10:30 クル空港に着陸。
10:45 車2台でマナリに向けて出発。相変わらずインドのドライバーの運転はすごい!
11:25 マナリ到着
11:35 山荘アシュラムに入る。休憩、ビールで乾杯。森田千里さんは日本人を案内してスピティに行って不在で、奥様が歓迎してくれた。
14:30 昼食。冷やしつけ麺がおいしかった。
各部屋に分かれて休息。荷物整理。
この間、宮田さんたちはマナリの町へ出て散策、滝沢・豊島さんは2階の大広間で酒盛り。高野は昼寝をしたあと、雑談に参加した。話しに花が咲く。これがこの旅の良い処だ。
19:30 夕食。食後に会計処理
とりあえず1000ルピー集金。
その後また、2階のテラスで酒盛りと雑談。
21:00 解散、各部屋へ。
・いよいよ今日は、問題のマナリへの国内航空のフライトである。これが飛ばなければ、20時間にも及ぶ車でのマナリへのドライブとなる。
国内線空港での搭乗手続きが済み、しばらくすると「空の模様眺めで、少し遅れる」との放送である。「いよいよ来たな!」とあやしげな雰囲気である。でも今回は、その心配が不要となり、1時間遅れで離陸することが出来た。幸先良い出発となった。