トレッキング記録    熊谷トレッキング同人

A隊 ヒマラヤの秘境ザンスカールと
世界最高所を誇る山脈横断ルート・ジープトレッキング 

2005年夏は、私たち同人から3グループがヒマラヤ・トレッキングに参加しました。A隊は大嶋博、川辺敏雄、豊嶋千恵子の3人、B隊は宮内浩志夫妻の2人、C隊は福田和宏です。

A隊トレッキング概要   大嶋 博

もう一度ザンスカールへ   豊島千恵子

行動記録




A隊トレッキング概要
                                             大嶋 博

<ラダック地方の古都レーへ>
 早朝5時40分(実際には遅れて6時10分)のジェットウェイ便でレーに向かった。20分後位から憧れのヒマラヤ山脈が見え始めた。主脈付近は、鋭い峯々と白く輝く氷河を見てこれからの期待と不安が胸をよぎった。飛行機は高度を落とした後、ほぼ360度旋回してレー空港に着陸した。よく見ると滑走路はゆるい登り坂になっていた。
 レーは、ラダック地方で通年入域出来る唯一の街で9年前より市街地も大きくなり、お店も一杯(マナリの3倍位)あった。レーでは着いた日は高度順化のため休養し、翌日シェーパレス・チクセゴンパ・ヘミスゴンパ・ストクパレスを実質半日位で回った。ツーリストは、ほとんどヨーロッパ人でとりわけフランス人が多いようであった。なぜか日本人はほとんど見なかった。

<ムスリムの街カルギルへ>
 前日到着したマルコポーロインディアのガイドのテンジン氏(22才)キッチン担当のヤンジョル氏(40才)とドライバーのやはりヤンジョル氏と共にトヨタクオリスで出発した。レーから2時間位走った所の仏教美術で有名なアルチゴンパを訪れた。平地に建てられた寺院で、壁・天井を埋め尽くした極彩色の壁画(マンダラ)や仏像はさすが見事なものであった。その後フォトラ峠・ナミカラ峠を越えて夕方にはカルギルのキャラバンサライに着いた。
 カルギルの北方20キロの所にはインド・パキスタン停戦ラインが走っており、この一帯(レー・スリナガル街道沿い)に約10万のインド軍が駐屯しているとの事であるが、特に緊張は見られなかった。しかしたび重なるパスポートチェックには閉口した。カルギルはムスリムの街で朝はコーランで目を覚まし、夕べもコーランで暮れると言う感じであった。特に夕べのコーランは、一斉に何十カ所から大音響のコーランが流され、それがこだまして谷間に充ち満ちた。

<秘境ザンスカールへ>
 ザンスカール地方には、9年前の1996年に訪れた。その時は約230キロを16時間かかったが、今回は13時間弱位で着いた。道路状況は全体の7割位無舗装で9年前と変わないので、ジープの性能が向上したためである。ヒマラヤの主脈に肉薄するパルカチという所を過ぎてクン峰の見える所やパンジラ(ペンジラ)峠を少し過ぎた所から見るパンジラグレイシャーは見事であった。
 パダムでは、翌日はカルシャゴンパへのショートトレッキング、翌々日はサニゴンパとバルダンゴンパを訪れた。民家に案内されてチャンを、寺の居間に案内されてチャイとツアンパを戴いたりして楽しかった。パダムは前回夜通し過したので、ちゃんとした町と思っていたが、実際は限りなく村に近いものであった。
 日中は強烈の光線で暑いが、夕方には決まって比較的強い冷たい南風が吹いてきて急に肌寒くなった。夜は満天の星空で「天の川」がきれいに見え、「星座の分かる人がいたらなー」と思った。テント場はヨーロッパ人のトレッカーがいて、シンゴラを越えてこのパダムに入り、さらにラマユルまで約20日間かけて歩くとの事である。「体力の差」と「ゆとり」の差を感じさせられた。 

<世界最高所を通るヒマラヤ横断道路を行く>
 再びレーに戻り、7月30日(土)サルチュへ向けて出発した。1日目は254キロの行程である。最高地点のタングランラ(標高5360m)は、主脈の北側に位置するため降雪が少ないので氷河が発達せず、北アルプスの稜線という感じであった。気温は11度でさすがに寒かった。ちなみにここの緯度は北緯33度50分位である。
 峠を過ぎてから緩やかな荒涼とした草原が約50キロ位続いた。まるでチベット高原のようとのことであった(森田さんの言)。途中野生馬(キャン)の群れを見ることが出来た。さらにラチュンラ・ナキラの二つの峠を越え、夕方にサルチュ(標高4300m)に着いた。
 2日目はケーロンまで107キロの行程である。心配した高度障害も無く、元気で出発。バララチャラに近づくに従って氷河をまとった山々が見えてきた。2時間あまりであっけなくバララチャラに着いた。ここはまさに22年ぶりである。ところがどうしてもイメージが合わない。どうやら22年前は、この峠まで来ないで下の方を通ったらしい。期待していたムルキラを見ることが出来なかった。ケーロンには午後2時には到着し、これでもう安心と三人で乾杯した。
 翌日は見慣れた道を走り、ロータンパスを越えて午後2時過ぎに定宿の「アシュラム」に着いた。全長475キロのマナリロードを5つの峠を越え、2泊3日で走ったわけであるが基本的にタングランラの手前からダルチャの手前までほとんど村はなく、もっはら軍用の道路で、夏の一時期に観光客が通ると言う感じであった。
 通常18日間のトレッキングでは、思わぬトラブルがあるものであるが、今回は予定通り日程をこなすことが出来た。これもメンバーの心がけが良かったと言うことにしよう! 来年は、熊トレ10周年、大挙してアシュラムを訪れたいものである。





もう一度ザンスカールへ…
                                         豊島 千恵子

 7月24日レーを出発。「1996年ザンスカールトレッキング」と同じルートを辿りパダムに向う。当時の記録と違わぬ荒涼とした景色を今回は3人で噛み締める。
 ラマユル付近の「地表を引き剥がしたような」おどろおどろしい岩肌に、今度もまた車を止める。しかし、そのずっと下、谷すじに緑があり道が通っている。ラマユルゴンパに繋がる村なのだろうか。
 15時を過ぎイスラム教の町カルギルに入る。麦の収穫の最盛期で大きな麦の束を背負った人や、麦を満載したトラクターが行き交う。道の両側は黄色い麦畑が広がる豊かな町だ。今夜のホテル「キャラバンサライ」は新しく開けた高台にあり、カルギルの町や、対岸の乾いた岩山が一望に見渡せる。「19時40分」が何かの定刻なのか、町中のモスクから一斉にコーランが響き渡る。

 翌朝は4時にコーランが鳴り響く。そう言えば、レーの町でもコーランで目が覚めた。朝食に「フォーレジー」という麦粥をいただき7時15分出発。町の中心部を抜け、柳の街路樹を行くと「スル谷」と書いたゲートをくぐる。いよいよパダムへと続く谷だ。
 開けた明るい谷が続くが、しばらくすると巨岩がゴロゴロと押し出されたモレーンが現れ、村が近くなると豊かな麦畑が現れる。そんな景色を繰り返し高度を上げてゆく、12時ごろにはクン峰の氷河か間近に迫ってきた。14時広い河原に出て、ランドムに着く。96年当時はただただ広く寒々とした河原に3基のチョルテンが立っていただけという印象だったが、今は軍隊が駐屯し、茶屋も民家も増え全く様変わりしている。ただ一つヒマラヤの褶曲を背景に立つランドムゴンパの佇まいだけが記憶のイメージに重なる。16時を過ぎた頃4350mのペンシ・ラを越え大グレーシャーが現れる。9年前は既に18時に近く、峠からの長い下りの途中、星の中へ降りてゆくように思えたことを思い出す。
 18時ごろペンシ・ラとパダムの中間にある「アブラン」と言う村を通過する。振り返ると逆光の中に白い土壁の家が美しい。夕暮れが迫っていたが「どうしても」と戻ってもらい、時間を忘れて写真を撮る。パダム着は20時になっていた。満天の星の中、今回初のテントで就寝。

 26日、今日はカルシャゴンパまでミニトレッキングだ。村をぬけると木陰一つなく、遥か彼方のゴンパまで容赦なく照りつけられながら歩く。ペンシー川を渡ると、僅かに登り坂になり、カルシャ村の行き止まりの岩山がそのままゴンパだ。入り口から最上階まで標高差100mはあろうかと思われる。下の大部分は僧侶の居住区域のようで複雑に入り組んでいる。我々の登った最上階は、広いお堂の隣の小部屋で、青色の鮮やかな「忿怒尊」が描かれている。小窓からは明るい光が差し込み、眼下に青々とした畑が広がる。この畑が長い年月ゴンパを支えてきたのだろうか。パダムのテントに戻り、今夜も満天の星を見上げる。9年前のトレッキングルートの方向に4っつも流れ星を見つける。

 27日は、サニゴンパとパルダンゴンパへジープで出発。パルダンゴンパは9年前のトレッキングルートの入り口だ。パダムを過ぎ、ツァラップ川の対岸に滝のあるシラ村が見える。たしかこの当たりが当時のテント場と柿沼先生の散骨式の場所のようだ。帰りに確かめる事にしてゴンパに向う。ゴンパはツァラップ川に迫り出した巨岩の上に立っている。中に入ると愛想の良い僧が案内してくれ、上の自室で、グルグル茶とツァンパを自ら作って振舞ってくれる。帰りは何故か彼らも我々のジープに乗り込み一緒にパダムまで行く事になる。何だかみんな楽しそうだ。おかげで、当時のテント場に立って確認する事はできなかったが、きっとここだと思う草地を車の中からもう一度確かめる。

 レーからここまで9年前と同じルートを辿ったが、通過する町や村は何処もあの時より大きく綺麗になったように見える。ずっと変わらぬ厳しい気候の中で暮す人々も、我々には計り知れない変化の中に居るのだろう。その一方で、レーからカルギルに向う途中で立ち寄ったアルチゴンパでは、土壁が崩れ雨漏りの跡が大切な壁画を消しつつある。もう一度この地に立って同じ景色が見られるのだろうか。









A隊 トレッキング記録
        
第1日  7/21(木)天気:晴れ
記録者:大嶋
行程: 熊谷→上野→成田空港→デリー
7:10 熊谷駅を出発する。
8:21 JR上野駅着
8:37 京成上野駅をスカイライナーにて出発する。(大嶋・豊嶋)
9:41 成田空港第二ターミナル着 川辺さんと合流する。
10:00 予め送っておいた荷物を受け取り後、Gカウンターにて航空券を受け取り、チェッ  クインする。
10:35 セキュリーティチェックを受け、出国審査通過。免税店にて、個人及び共同のタバコ及び酒類を購入する。
11:40 搭乗口再度ボディチェックを受けた後搭乗開始する。しかし搭乗後滑走路へむかう途中機体の故障(原因不明)のため3時間も  ストップする。
15:30 AI307はようやく出発した。
==以後インド時間==
 機内食2回でる。
19:15 デリー国際空港に到着する。荷物を受け取り、ルピーへの両替を行う。(1ドル=42.7RS 1RS=2.7円)
20:30 到着ロビーにてデセントインドツアーのゲリさんの送迎を受け、ホテルに向かう。
20:30 宿舎のアショカカントリーリゾートに到着する。
22:00 三人軽く一杯飲んだ後就寝する。
 
 成田空港で機体の故障の(油圧系統?)ため、出発が3時間も遅れることとなり、先が思いやられたが、なんとか宿舎のアショカカントリーリゾートにたどり着くことが出来た。

        
第2日  7/22(金)天気:晴れ
記録者:川辺
行程: デリー→レー
2:55 起床
3:55 ガイドのゲリさんと共に国内線空港へ向けて出発する。
3:50 空港着
4:20 JET AIRWAYSのチェックイン完了  二回の厳しいセキュリティチェックを受ける。
5:50 搭乗完了する。
6:00 1時間遅れて出発する。
7:05 レー空港着
8:00 出迎えがなかったので、タクシーでホテル カングラチェンに向かう。
8:20 カングラチェンに到着する。早いためガーデンにてお茶を飲み休憩する。
9:10 部屋に入り休憩する。
13:00 昼食(スープ・インド風鉄板焼き)高度順化のため休憩・昼寝
15:00 コーヒーを三人で飲む。
19:40 夕食(インドカレー・チャパティー・パパド)パルスオキシメータを計ったが納得し難いデータなので以後やめる。
20:30 お湯が出ないため、汗を拭く程度にする。
22:00 就寝する。

 デリー国内空港を飛び立ち、20分位の後眼下に雪をかぶり鋭くとがったヒマラヤの山々が見えてきた。標高3〜4千メートルの所の白い綿のような雲の上に陽光に眩しいばかりの山々は、別世界のようであった。
 機首を下げてから、風景は一変して草木の無い山々となった。「草木一本ない荒涼たる景観は月の世界の様」と聞いていたが、「なるほど!」と納得できた。
ホテルでは、1日中のんびりと休養に努めた。

        
第3日  7/23(土)天気: 晴れ
記録者:豊嶋
行程: レー滞在(ゴンパ巡り)
7:00 朝食(コーヒー・プレーンオムレツ・トースト)
8:25 ジープで出発
※シェイパレスに向かう街道沿いに大きなマニ車が数百mおきに作られていた。
8:45 TAXIチェックポスト
8:55着 シェイパレス(SHAY PALACE)
9:30発  ・入場料はほとんど20RSであった。
9:45着 チクセゴンパ(THKSEY GONPA)
10:30発
11:45 へミスゴンパ(NEMIS GONPA)着 標高3650m
12:15 ゴンパの下の茶屋にて昼食(カングラチェンのランチボックス)
13:05 出発
※巨大なストウーパが数基下に向かって並んでおり、その間を結んでマニ石の廊下が出来ている。
13:55 インダス川を渡り、ストクに向かう。
14:00 山門のようにたつステウーパを通過し、TVアンテナ群に隣接するストクパレス(STOKPALACE)に着く。
14:50 出発
15:20 カングラチェンに着く
16:30 マナリのスタッフ(ガイドのテンジン氏)と打ち合わせ
18:30 停電
19:20 夕食(チャイニーズバイキング・マンゴ・コーラ・ミネラルウオータ)
20:00 明日のランチボックスを頼み各部屋に・・・

カングラチェンのランチボックスは、乾いたパン・ジャガイモ・ゆで卵・バナナ・アップルジュース・菓子である。茶屋のカレーの方が旨そうであった。
 シェイ、チクセ、へミスは、96年のザンスカールトレッキングの時も行っている。その時は、7人位でにぎやかなゴンパ巡りだった。
 メインのトレッキングの印象が強く、あまり思い出さなかったが、実際来てみると一つ一つはっきりと蘇ってきた。外観の美しさ、内部の暗さ、仏像、マンダラ・・・、何となく座っている坊さん達、思わず何度かシャッターを切ってしまう。


第4日  7/24(日)天気:晴一時曇り
:室温20℃(5:10)
記録者:川辺
行程: レー→カルギル
5:10 起床。出発準備
7:00 朝食
7:35 ホテル出発(ガイド:テンジン、キッチン担当:ヤンジョル、ドライバー:ヤンジョル)計6人 車はトヨタクオリスである。
7:56 第1回パスポートチェック
9:20 アルチゴンパ(ALCHI GONPA)着。  平地のゴンパで二カ所のお寺を見学した。
10:08 出発
11:16 カルシ(KHALSI)の町を過ぎた所で第2回のパスポートチェック。
12:50 フォトラ(FOTULA)峠(標高4094m)を通過する。
13:35 ブッドカルボ(BOD KARBU)と言う所で昼食をとる。また不評のランチボックスである。
14:10 出発
14:23 カーングラル(KHANGRAL)第3回のパスポートチェック
14:45 ナミキラ(NAMIKALA)峠(標高3780m)を通過する。
15:14 チャンバスタチュにて休憩及び見学
15:30 出発
16:50 カルギル(KARGIL)のキャラバンサライ到着
 
今日のドライバーは、前の日の運転手に比較し乗客にやさしい運転をしてくれたので、インド特有の劣悪な舗装でも比較的楽に移動することが出来た。
車の左右に展開する景色は、茶褐色が大部分の世界でかなり距離をおいて緑が小さく点在するという感じであった。大部分は草木一本なく、山肌を剥き出しにしている。何故このような形状になったのか不思議だ。そして色彩も鮮やかで茜色あり、白色あり、薄紫色ありでしかも紋様のようなものまであり、これまた不思議だ。道路の近くの平原には、10センチくらいの細い葉の植物があり、紫色の小さな花を一面に咲かせている所もあった。 
大嶋さんカルギル到着後検温微熱あり。


第5日  7/25(月) 天気:晴
記録者:大嶋
行程: カルギル→パダム
5:10 起床 大嶋の体温36.6℃ 少し下がる。  パッキングをする。
6:30 朝食(ホレージ、サニーサイドエッグ、テイー)
7:15 キャラバンサライ出発 ドライバーもジープ(TATA)も変わる。
7:20 ジープの空気圧チェック、ミネラルウホータ購入
8:00 スル(SURU)谷に入る。
8:54〜8:58 サンコ(SANKU)村にて休憩、チャイを飲む。 第1回パスポートチェック
10:21 パニクル(PANIKHAR)と言う所で第2回パスポートチェック
10:34〜10:54 休憩
11:50 パルカチ(Patriarchic)と言う所を通過する。
12:08 クン峰の見える所で写真を撮る。
12:55 先行のトラックが横転したためストップとなる。
13:12 シャファト(Shafat)と言う所にて第3回のパスポートチェック
14:00〜14:35 ランドム(Rangdum)で遅い昼食をとる。同所にて第4回パスポートチェック
15:00〜15:23 ランドムゴンパ(RINGDAM GONPA)見学 入り口の所で第5回のパスポートチェック
16:20 パンジラ(PAnsilA)峠(標高4350m)を通過する。
16:30 峠を少し過ぎた所でパンジラグレイシャーの写真を撮る。
18:00 アブラン(Abring)村にて夕暮れの写真を撮る。
19:10 第6回のパスポートチェック、係の人間は怠け者で自分では横になり各自書かせら   れる。
20:00 パダム(PAdAm)のキャンプサイト着
20:50〜21:50 近くのレストランにて夕食をとる。
23:00 就寝
 
カルギル→ランドム間103キロ ランドム→パダム間126キロ 計229キロを約13時間で走った。9年前は16時間かかっており、道路状況もほとんど変わらないのでこの短縮は主としてジープの性能の向上によるものである。
それから今回 ポリスと軍のパスポートチェックが6回もあり、閉口した。まったく事大主義である。


第6日  7/26(火) 天気:晴一時曇
記録者: 豊嶋
行程:パダムキャンプサイト→カルシャゴンパ  →パダムキャンプサイト
6:10 モーニングティー
7:10 朝食(トマト入りオムレツ、トースト)
8:05 徒歩でカルシャゴンパへ向けて出発。登校の子供達と会う。ビビティンVを通過する。
9:25  ウプティVの外れで休憩する。広い河原をただただ歩く
9:36〜10:30 ベンジー川の橋で休憩する。
11:40 ゴンパ入り口の大きなマニ車所で休憩する。
12:00 カルシャゴンパ(KARSHA GONPA)着(標高3705m)。箱庭から僧院へ、読経の最中
12:13 上階でランチ(バナナ、卵、ビスケット、ジュース)
12:30 最上階の仏間(3770m)ラマ教?の様な面、四方にマンダラあり。
12:50 出発
13:05 下のマニ車の所でジープの迎えを待つ。  来ないので近くの民家に行き、その家の居間でバター茶とチャンをいただく。
14:00 ジープがなかなか来ないので歩き出す。
14:10 ジープと合流する。
14:30 ジープの故障でストップする。ほかのジープに乗り換え出発。
15:10 テント場着
15:40〜16:50 食堂テントにてジャガイモの天ぷらと日本茶及び少量の日本酒を頂く。
17:30 ヘリポートで結婚式?人だかりの中央で男性数名が踊る。
18:00 夕食 ビールを一本買ってきてもらう。  (コーンスープ、サラダ、カッテージチーズのカレー、チキンの缶詰、ミックスフルーツ)

 カルシャゴンパは、パダムのテント場から見ると遙か彼方の北東の岩山に張り付いているように見える。
 ペンジー川を渡るとゆるい登り道となり、村をぬけると大きなマニ車が建っている。実際ここから標高差で100m位あったのではないか。岩山に張り付いて複雑に入り組んでいる。ほぼ垂直に伸びる道をジグザクに登ってゆく。息が切れる。下の大半は僧達の居住部分なのだろうか。さらに進むと四角の庭に出て、僧院の中に入る。(標高3705m)中では僧侶達が読経中。
 また上部の部屋の小さな入口を開け中に入ると仏間があった。まだ最上階ではないかもしれないが何とも見事であった。
 ここはいったい何人の僧侶が暮らし、それに関わる何人の人々が暮らしているのだろうか?この寺を支えているのは眼下に見える麦畑なのだろうか?


第7日  7/27(水)天気:晴一時曇り :晴
記録者: 川辺
行程:パダム近辺ゴンパ巡り
5:30 起床
6:30 モーニングティー
7:25 朝食(雑炊・ツナサラダ)
8:50 ジープでキャンプサイトを出発する。
9:08〜9:40 サニゴンパ(SANI GONPA)見学 入場料30RS フォトOK
10:28 バルダンゴンパ(BARDAN GONPA)着 入場料30RS。お堂を見た後、寺院内の居間にてバター茶とツアンパをいただく。
11:44 お寺を出た後パスポートチェックを受け、寺の例のお坊さんを乗せ出発する。
12:13 テント場着
12:30〜13:15 昼食(ヌードルスープ、シーチキンポテト)食後洗濯と休息及び記録整理
15:40 ティータイム
17:00〜17:35 パダムの街散策
18:30〜19:15 夕食
21:00 就寝
 
サニゴンパは、平地に建っているゴンパで外観は平凡と言うところだが、内部は歴史を感じさせるものであった。暗くて壁画はまったく見えないのでヘッドランプを使ってみたが、修復が必要ではないかと思うほどになっていた。裏庭に回ると大きなストウーパが突き上げるように立っていた。ゴンパを出ると道路工事が行われており、大きな石を金槌で砕いていた。まるで「菊池寛の小説」の世界を思い出した。
バルダンゴンパは、遠くから見えはじめ、直立する大きな岩の上に立っていた。近づくとその岩がまさに川の縁に立っていた。マンダラの壁画を順次拝観した後、僧院内の居間でお茶の接待を受けた。手作りのバター入りのティー、それに大麦を焼いて粉にしたものに水を加えて練ったもの(ツアンパ)をいただいた。味はまあまあであった。「おいしい」と「ありがとう」の言葉を教わり、それを繰り返し言って別れた。写真一緒にとると「送ってほしい」と名前を教えてくれた。
パダムの商店街(100m位)を三人で夕方まわった。特に珍しいものなどなかったが、お店の人が「コンニチハ」「アリガトゴザイマス」と声をかける。日本人客が教えていったものを覚えているということだろうと思った。


第8日  7/28(金) 天気:曇り  19℃
記録者: 大嶋
行程: パダム→カルギル
4:30 起床
5:30 朝食
6:08 パダム出発
6:48 パスポートチェック(ATTING)
9:20 パンジラ峠(4325m)通過
9:37 パンジラ峠をすぎてまもなく後輪バーストする。
10:35〜10:40 ランドムゴンパの所で2回目パスポートチェック
11:00〜11:26 ランドムにて休憩・昼食(チャイとマギーヌードル) 3回目のパスポートチェック
12:08 SHAFATにて4回目のパスポートチェック
14:10 パニクルにて5回目のパスポートチェック
15:21 サンコ村入口にて6回目のパスポートチェック
15:30〜16:17 サンコ村にて休憩(チャイとパン) 仲間のジープ故障
17:30 カルギル着
17:40 キャラバンサライ着
20:10〜21:40 夕食 料理はインディアンであったが、塩辛くしかもホットすぎて最悪であった。
 
道路事情が悪いと言うことで、出発が早くなった。我々のジープのドライバーとアメリカ人らしいグループを乗せたジープのドライバーとがごく親しい間柄らしく、ピッタリくっついて走るので後塵あび、閉口した。
パンジラ峠の手前とクン峰の見える所でフォト停車をしたが、なかなかベストの場所を選ぶのは
難しい。
帰りも6回ものパスポートチェックがあり、煩わしかった。この日はランチらしい食事がとれず、いまいちの気分であったが、テント生活から解放されてほっとした。


第9日  7/29(金) 天気:曇り日中晴
記録者: 豊嶋
行程: カルギル→レー
5:40 朝食(オムレツ、フライドエッグ、トースト)
6:08 出発(昨日と同じ車とドライバー)
6:30 ガスステーションにて給油
6:47 カルギルの街を過ぎた所でミネラルウオータを購入
7:30 チャンバスタチューのゴンパ通過
7:32〜7:45 ワカ(WAKHA)と言う所の茶屋で休憩する。
   ※村を出ると全く緑なし
8:09 ナミキラ峠(3785m)を通過する。
8:25〜8:33 カングラル(KHANGRAL)で初めてパスポートチェック。乾燥した土の中に同じ土の家がいくつかある。ここで34台の軍用トラックをやり過ごす。
9:27 フォトラ峠(3985m)を通過する。
9:50 ラマユルゴンパ分岐着
9:55〜10:46 ラマユルゴンパ(LAMAYORU GONPA)見学
11:44 カルチ(KHALTSI)にてパスポートチェック
11:45〜12:09 カルチの茶屋にてランチ(不評のランチボックスで、チャイもなし)
14:45 レーの街に到着(スタッフの宿に荷物を下ろす)
15:05 カングラチェン着
17:00 レーの街を散策 2階のカフェーでラッシーを飲む。
19:15〜 夕食(ビール2本、チャイニーズバイキング)
 
夜テンジンが来て、リグジン氏が来るので明日からガイドが出来ない。明日からキッチンのヤンジョルとドライバーの2人のスタッフとなるとのことであった。
カルギル周辺はほとんどムスリム。30から40キロ位離れてやっとマニ車の立っている村に入る。しばらく麦畑続き、ワカ村出ると突然緑の全くない世界。道路はそのまま続くが、しばらくして気がつくと、はるか下の川岸や、河原から一段上がった段丘状の地形に麦畑らしい緑が続いている。
96年に通った時寄ることの出来なかった念願のラマユルゴンパ。自動車道路から見渡す限り荒涼とした地。その谷底に開けた麦畑の中にそそり立つ岩山の上部をそのままゴンパに作り替えたような威容を誇っている。
 中にはいると勤行の最中。次第に目が慣れてくると末席に小坊主が2人、あくびをしたり、伸びをしたり、もぞもぞ・・・村から来て間もないのであろう。カルシャゴンパもあどけない坊さんが居たが、村の家では子供の中の誰かは僧になると聞いた。信仰だけでなく、経済的事情もあるのであろう。ふらり訪ねた観光客にも村の生活と共にあるゴンパの姿が少し垣間見られる。


第10日  7/30(金)天気:晴れ一時曇り :20℃
記録者: 川辺
行程: レー→サルチュ
5:30 起床
6:25 朝食(オムレツ、パン、コーヒー)
7:05 出発 車はTATAのジープ ドライバーはパサン(PASANG)
7:20 タクシーチェックポストを通過する。
7:22 ガイドのテンジン氏下車(テンジンはリグジン氏のお世話のため8月10日までレ   ーに留まるとのこと)
7:31 シェーパレス通過
7:38 チクセゴンパ通過
8:03 へミス・ツモレリ分岐通過
8:24〜8:26 ウプシ(UPSHI)と言うところで休憩。チャイを飲む。
9:10 メル(MIRU)村を通過する。
9:26 ラト(LATO)村を通過する。
9:20 サリマ村を通過する。(4045m)
9:38 ルミセ村を通過する。
10:38 軍のトラックが来てストップする。途中ビハーリーの道路補修あり。
11:02〜11:20 タングランラ(TANGLANGLA)峠5317m着、11℃写真撮影
12:27 野生馬(キャン)を発見する。10頭位すぐに走り去る。峠を20分位下りてから荒涼とした緩やか草原が約40キロ位続く。
13:35〜14:15 パング(PANGLI)にて昼食(チャパティ、ダルカレー、ベジタブルカレー、ティー)
14:40 後輪タイヤ交換(エア漏れ)
15:25 ラチュルンラ(lAchunlunglA)着写真撮影
15:56 ナキラ(NAKEELA)5065mを通過する。
17:37〜18:30 サルチュ(SARCHU)着 パスポートチェック
18:39 テント場着(4345m)17℃
20:30〜21:10 夕食(ライス、スープ、カレー)
21:30 就寝
 
世界最高地点を走る道路(峠)を通過した。世界一に関わることを体験したのは、初めてのことであった。この地点から四方を見渡すと一段と高く、ヒマラヤの主脈が連なっている。写真に納めることが出来ない広大さなので心のフィルムにおさめようと見入っていると、道路工事のために燃やしているタールの臭いがしてくる。このような高地で工事をやっている事に敬意を表したいが、空気を一杯吸い込み、心のフィルムに焼き付けるには時間が足りなかった。
4200mの高地でのテント生活。高度障害が心配だったが、「眠れなくとも明日の日程は楽なのだから良い」と気を楽にして横になっていると自然によく眠ることが出来た。


第11日  7/31(日)天気:晴れ時々曇り :10℃
記録者: 大嶋
行程: サルチュ→ケイロン
5:15 起床 さすがに寒い。思ったより高度障害なし
6:35 モーニングティー
7:05〜7:30 朝食(卵焼き、おかゆ、チャパティ、チャイ)食欲異常なし
8:25 出発。バララチャラへの登りにかかる。
8:51 軍のトラック(30台位)のためストップする。
9:17〜9:32 バラットプルという所にて休憩。チャイを飲む。
9:48 シティバルグレイシャーの写真を撮る。
10:05〜10:15 バララチャラ(BARALACHELA)峠4685m着。写真撮影
10:30 スレッシュタールを通過する。
12:15〜13:05 ダルチャ(DARCHA)着(3295m)橋を渡った所の茶屋にて昼食(マギーヌードル、チャパティー、モモ、チャイ)をとる。
13:25 ジスパーを通過する。
14:15 ケイロン(KYALANG)着(3080m) 宿舎タシデレ(TASHI DELEG)。到着後コーヒーを頼み、その後持参の日本酒パックを3人で飲む。その後久しぶりにシャワーを浴び、洗濯をする。夕方、街を散策する。
19:00〜20:30 タシデレのレストランで夕食  (チキンスープ、モモ、チョウメン、チャイ)
22:00 就寝
 
バララチャラは、22年前に比較して圧倒的に車の量が増えた様である。どうも22年前と比較し、景色が違う。どうやら前回は峠に出ないで、峠の下の方を斜めにトラバースしたようである。
宿舎の「タシデレ」は家畜の臭いがきつかったが、料理は旨かった。また今回インドに来て初めてテレビを見ることが出来た。
今回のマナリロードは、5月上旬〜9月下旬までの間オープンとのことである。タングランラの2時間位前手前から翌日のダルチャの手前までほとんど農家や村が無かったことから考えると基本的に軍用・観光ルートと思われる。


第12日  8/1(月) 天気:晴れ
記録者: 豊嶋
行程: ケイロン→マナリ
6:30 朝食(トースト、オムレツ)オムマニペニフムの音楽が流れ続ける。
7:25 出発 バーガ川の流れに沿って走る。
7:40 ウダイプールへの道に入り、チャンドラ川と合流する。
8:40 対岸に大きな滝(シスフォール)のある所を通過する。
9:15〜9:33 コクサール(KHOKSAR)着 パスポートチェックと休憩(お茶)
9:49 グランプー(GRANPU)を通過する。
10:30 ロータンパス手前で写真撮影。今年は残雪が多い。
11:00 ロータンパス(RHOTANGPASS)着(3978m)記念撮影 雪を楽しむインド人観光客で賑わう。
11:20〜11:30 峠からすこし下った所でブルーポピーの写真撮影。対岸にマリーフォ   ールが見える。今年は日本と同じで残雪が多い。
12:00〜13:00 マリー(MARHI)の茶店(チャンバー)で昼食(ヌードルスープ、チキン  カレー、ベジタブルカレー、サラダ)をとる。
13:30 コチ(KOTHI)を通過する。
13:45 パルチャン村通過
14:15 アシュラムの到着する。上の道まで行ってもらい、そこからアシュラムに下って入る。  森田さんとサンペル氏に会う。ビールの歓待を受ける。その後、洗濯やら読書をする。
18:30〜20:15 夕食(焼ナス、シーチキンサラダ、和風スパゲッティ、チキンカレー、みそ汁、ご飯)森田氏とビールを飲みながら、久しぶりの日本風の料理を楽しむ。
21:30 就寝
 
ケイロンからの道は緑が濃く、見慣れた景色でほっとする。
長旅が終わり、やっとアシュラムに帰ってきた。なんだか閑散としている。しばらくすると森田先生が下りて来られ、再会を喜び合う。奥様は10日に来られるそうである。今日は「御柱祭」だそうで、サンペル君も忙しそう。ちょっと現れる。先生もこれから祭りに行くそうで、我々三人はゆっくりさせて頂く。家に帰ったようにゆっくり過ごした。
今年は雪が多く、雪渓がたくさん残っていた。ロータンパスのインド人観光客もレンタルコートで楽しそうであった。しかし雪解けの出水で至るところ道路崩壊がおきていた。


第13日  8/2(火) 天気:曇り時々晴 :23℃
記録者: 川辺
行程: マナリ滞在
6:00 起床
6:45 モーニングティー
7:15 朝食
9:00〜11:00 森田さんと懇談
11:15 マナリの街に徒歩で出発する。土産物屋を3〜4カ所まわる。
12:15〜13:10 おなじみのショップスチックにて昼食(スープ、モモ、チョウメン、ビール、チャイ) 風来坊山荘制作の買い物マップを片手に買い物をする。
13:00 オートリキ車でアシュラムに戻る。
15:20〜15:40 バシスト温泉のお祭り会場を見学する。
16:30 デセントツアーのピロス氏があいさつに来る。
 
今日の予定が無いとなると気が楽なもので、明け方になっても眼が覚めないものです。一方「明日何時」おきなければという時は、その時間前に何回も眼が覚めるものです。
我々3人以外に宿泊客がいなかったので、森田さんが長いこと付き合ってくれた。最近の土砂崩れなどの状況、トレッキングに来る人の特徴、旅行会社の様々な要望など話して下さいました。
また、新しいトレッキングコースにこの8月7日から行く予定であることを話しておられた。いつも「目的を持って動いている」から73才とはとても思えない若さがあり、私も元気づけられました。


第14日  8/3(水) 天気:曇時々雨
記録者: 大嶋
行程: マナリ→デリー
3:30 起床
4:30 朝食
5:00 アシュラムを出発。森田さん サンペル夫妻が見送ってくれる。
5:20 アシュラム下出発 車はトヨタクオリス、スタッフはピロス他3名。途中から雨が降り始める。
6:22 ブンタールにてミネラルウオータを購入する。途中豪雨のため土砂が流出した所があり、歩いて渡る。
7:37〜8:21 朝食(パラータ、トースト、チャイ)
8:37 マンディー(MANDI)を通過する。
9:25 スタッフが道端の露天にて、マンゴを買う。1個貰って食べる。
10:12 大きな湖の見える所を通過する。
11:10〜12:38 昼食 レストラン「HILL TOP」(1180m) チョウメン、チャパティ、チキンカレー、チャイ、ビール
13:00 平地に出る。
14:15 チャンディガール(CHANDIGARH)に入る。ふたたび雨が降りはじめる。その後道路冠水による交通渋滞に巻き込まれる。ジープは空いている道を探してクリアする。   昨年の悪夢の再来と思ったが、市内を出てから順調に走れた。
15:27 給油する。(デリーまで240キロの所)
15:54 アンバラ(AMBALA)を通過する。
16:30〜17:05 カルナール(KARNAL)のレストランにて休憩する。
19:20 デリー(DELHI)市内に入る。
20:08 ホテル「マリーナ」着
20:30〜22:10 ホテル内のレストランにて夕食をとる。ビール、スープ、ヌードル
23:00 就寝
 
昨年と同じ雨の中マナリからデリーへの長い道のりであったが、大きな障害もなくて15時間でデリー市内のホテルに着くことが出来た。これはカルナールあたりから4車線のバイパスが完備されたため、平均時速80キロ位で走れたためである。

第15日  8/4(木)天気:曇時々晴
記録者: 豊嶋
6:30 起床
8:00 朝食 バイキング
9:45 ガイドのピローズ氏が来る。
10:30 市内観光に出発する。車は昨日と同じ「クオリス」
10:21〜10:40 ビッラテンプル見学(ヒンズー教の新しい寺院)
10:45〜11:17 ネルー記念館見学(JAwAhArl Neru)
12:30〜13:10 昼食 日本料理店「田村」幕の内弁当とビール
13:38〜14:00 インド門見学と記念撮影
14:07〜15:41 ラージガート見学(ガンジー家の火葬場・記念館)
14:45〜15:05 ジャマーマスジット見学(レッドフォートの向かいの回教寺院)。カメラ使用料を取られる。
15:30 ホテル着。ビールとコーラを飲む
19:20〜20:00 「MOMO」と言う中華料理店で夕食をとった。このレストランはビールが無く、禁煙ということで不満であったが疲れたので食べることにした。
20:25 ホテル着。ルームサービスでビールとフライドポテトを頼み、3人で飲む。
23:00 就寝
  
しかし、暑い。最も暑い時間の観光だ!寺院の中では足の裏が焦げそうだ。


第16日  8/5(金)天気:晴一時にわか雨
記録者: 川辺
行程:  デリー滞在(ショッピング)
6:00 起床
8:30 朝食(トースト、コーヒー、サラダ、フルーツ)
10:00 徒歩にてホテル出発
10:20〜11:10 各州のエンポーリアムを見て回る。セントラルコテージより品物は豊富なようである。
11:30〜12:10 セントラルコテージにて買い物をする。
12:40〜13:45 ホテル「ジャンパス」にてランチを食べる。インド料理(ホテルはやはり高い。) 途中仏具店により、買い物をする。
14:00〜15:30 ふたたびセントラルコテージで買い物
16:00 ホテル「マリーナ」着
17:00 ホテルのディナーには少し早いのでコーヒーコーナーにてラッシーを飲む。
17:30〜21:00 ホテルのレストランで夕食(ビール、パパドー、チョウメン2種類、揚げ物)途中からホテル内の停電となり、その後夜半まで回復せず。ロウソクの灯りのディナーとなった。
22:00 就寝
 
2001年以来4年ぶりのニューデリーである。コンノートプレスの中心は、大規模な工事が行われており、歩きにくかった。地下鉄の中心地への乗り入れの最終工事らしい。交差点の地下歩道は以前無かったような気がする。地下道にはいると路上のお店が一杯出ている。そして身体の不自由な方が何人も物乞いをしている。人の動きも賑やかで何でもありのインドと言う所だ。
 お店はしつこい売りつけが減ったようで、いい感じで見物が出来るようになった。品物自体はとくに変わった所が無かったが、自分の要求にかなったものを買うことが出来た。


記録者: 大嶋
第17・18日 8/6(土)・7(日) 天気:晴一時にわか雨
行程:  デリー →→ 成田
<8/6(土)>
6:10 起床
8:00 朝食(トースト、コーヒー、フルーツ)
9:50 ホテル出発 オートリキシャ
10:08 国立博物館(入場料150RS)@ ハラッパ、モヘンジョダロ A マウリヤ王朝 B SHUNG王朝 C ガンダーラ・ブッダ D GUPTA王朝 ・・・・・・  以後時間がないため、流してみる。小学生の団体見学が賑やかであった。
12:30 国立博物館出発
12:50〜13:30 新ゲイロードにて昼食をとる。(パパドとピクルス、チキンカレー、マトンカレー、プレインナン)かつての老舗「ゲイロード」は店を半分にして、継続していた。
14:30〜15:00 ミラノに行きショッピングする。
15:15 マリーナ着。荷物をまとめる。
17:00 ピローズ氏迎えに来る。
17:10 ホテル出発。途中川辺さん待望のパパドをガイドのピローズ氏に買ってきて貰う。
18:00 デリー国際空港着
18:30 出国手続終了
20:00 セキュリティチェック
21:00 搭乗終了
21:45 AI308便約1時間遅れて離陸する。
<8/7(日)>
==以後日本時間==
8:46 約46分遅れて成田空港着陸する。
10:10〜10:40 空港のレストランにて、ラーメンを食べる。空港リムジンで大宮駅へ。
12:35 大宮駅着
13:30 熊谷駅着