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8.09 TUE 成田 → DELHI
JAL471便、14:25定刻のフライト。空港はお盆前で混みあっていたが、DELHIへの機内は70パーセント程度といったところか。航空券は「鈴晃」で今年もお世話になった。値段は一番高い時期であったため、また、世界的な原油高をまともにうけて、特別航空燃料代なるものが距離に応じて加算され16万円以上かかることになる。AIならば2万円程度は安くなるとのお話しであったのだが、帰国の日時の確実性がどうしても必要であり、迷わずJALを選択しお願いした次第である。
今夏は、SANJAYさんが愛知に滞在中であるため、DELHIの宿泊は,「Hotel Nikko」を考えていた。しかし、空港を出ると、今夏の私たちのインドの計画の有無を心配していたSANJAYさんからの連絡を受けていたSHATRUさんが待ちかまえていた。私がインドを訪れる理由の一つにSANJAYさんご家族やスタッフの仲間たちに会いたいという思いがあるので、恐縮しながらもSANJAYさん宅に迎え入れていただき、今年もありがたくお世話になり話にはなをさかせることとなる。
8.10 WED DELHI → MANALI
SANJAYさんの心強い支援のおかげで、すべてが順調に運ぶこととなった。当初、列車とタクシーを乗り継いでMANALI入りすることを考えていたが、すでにKULLUへの航空券がいつものように手配されており、息子さんの小学生SHAURYAくんの学校への送り車に便乗させていただき、国内線空港へ。ジャグソンエアラインの旅客となる。今年は、遅延ではあったが午前中にフライトが可能となった。座席は満席。途中SHIMRAで4人降ろし、KULLUへ到着した。
国内線航空運賃は年々高騰中、今夏は往復380ドル(1ドルは約110円)もの高値であったが時間と快適さにはかえがたいものがある。タクシーで一人で行ったとすると、片道12000ルピー(1ルピーは約2.7円)あたりが相場らしいから、航空機の方がこれでも安くなる。毎年思案するのだが、MANALIへの出入りはメンバーでよく協議する必要がある。
森田先生の山荘「ASHRAM」でも、懐かしい奥様やSAMPELさんご夫妻に暖かく迎えていただき、はるばるやってきてよかったとの思いがよぎる。森田先生は意気揚々と山へ入られているとのことで不在であり、いつもの豪快な笑い声が聞けずに残念であった。
8.11 THU MANALI滞在
LIGJINさん宅に訪問。LIGJINさんはLADAKHにでかけているとのことで留守であったが、足の調子がいいことの証明であろう。ANDUさんご夫妻にお会いし、トレッキングの相談にのっていただく。友人のガイドであるNEGIさんもかけつけてくれ、1年ぶりの再会を喜びあう。
明日からのCHANDRA TALトレッキングには、ANDUさんも仕事を休みにして同行されるとのこと。村越先生のケルンに、まだお参りしたことがないのでぜひにもとチャンスをねらっていたようだ。村越先生もさぞ喜んでくれることだろう。
8.12 FRI MANALI→ CHHOTADRARA
天気はまずまず。2泊3日のジープトレッキングに出発。ANDUさん TENJINさん ドライバーのPASAMさん そして私の4人で意気揚々とでかける。皆気心の知れている仲間なので楽しい3日間となりそうだ。
今夜のキャンプはCHANDRA川沿いの標高3690mのいつもの草原である。我々の他にはテントはなく、夜遅くまで我々の声だけがこだましていた。夜中寒さに目を覚まし、テントを抜け出し満天の星空を眺める。天の川をみることができる。懐中電灯の明かりを落とし、しばらく天を仰いでいると星が1つ流れた。村越先生と一緒にアラスカにオーロラを眺めに行く約束をしていたことをふと思い出した。
8.13 SAT CHANDRA TAL往復
天気にも恵まれ、いざCHANDRA TAL(4270m)へ。PASAMさんは、今日は一日テント守りしながら束の間の休日である。我々3人でケルンをめざす。BATAL(3960m)を過ぎ、SPITIへの街道を左に折れ、8qほどいくとそこが、橋本先生がお撮りになった村越先生の遺影の地である。3人でお線香をお供えした。
さらに4qほどジグザグ悪路を車ですすめると、いよいよCHANDRA TALだ。1年ぶりの墓参である。車を降り、ケルンのある丘への道をいそぐ。ANDUさんは「ANDU よく来たなあ〜」と村越先生の重低音な声の言いまねをして、小さいときからかわいがってもらった先生を懐かしんでいる様子である。この声が実に先生そっくりで、村越先生がそばにいるような気がしてならなかった。ケルンは2つとも健在であり風雪にもしっかり耐えていた。ケルンを囲みみんなで昼食。久しぶりの来訪者に村越先生も喜んでくれていると嬉しいな。
8.14 SUN CHHOTADRARA → MANALI
満足感いっぱいで昼過ぎにMANALIへともどる。GALTZENさんと今年新顔のPLIDAMくんがビール付きの満面の笑みで迎えてくれた。わずかながらではあるが、空き瓶の引き取り料金はGALTZENさんのお小遣いとなるとのことで、いっぱい飲むと彼もご機嫌というわけだ。こんな両得な話はそうそうあるものではない。
2階のテラスのいつもの場所で、はがき書きにいそしんでいると柳さんご夫妻がお見えになった。話が弾み少々アルコールが過ぎてしまった。この空き瓶の量をみたらGALTZENさんもさぞ喜ぶことであろう。
8.15 MON MANALI滞在
PADAMUくんはもう貫禄ある高校生。自動車整備の店で留守番をしていた。彼の父親のBARA SONAMUさんが、2001年、CHANDRATALを訪れたときのガイドをしてくれた。そのときに、私たちとともに歩いていたかわいい少年がPADAMUくんだ。その後、彼とはMANALIを訪れるたびに会うこととなる。バザールに向かう途中に彼の家があり、毎年食事に招いてくれるのである。
バザールでもなじみの顔に出会い、仲間たちとの交流を楽しみながらのMANALIの休日であった。夜はSAMPELさんご夫妻の新居にて新築祝い。ビールの空き瓶を何本つくったであろうか。
8.16 TUE MANALI → DELHI
ANDUさんが見送りにきてくれ、来年また訪れることを約束して空港へと向かう。空港7qほど手前のDABA(食堂)でゆったり過ごしながら、フライトの情報を得る。よくあることだが、今回もキャンセルとなり、11時過ぎ、そのままタクシーでDELHIへの長距離ドライブとなる。ただ、今回は空港でにわかにチャーターした車ではないので、得体のしれぬ運ちゃんではなく,よけいな気苦労をせず、DALLさんと車窓や途中での食事を楽しみながらの旅であった。
8.17 WED DELHI 滞在
夜中の2時過ぎにSANJAYさん宅に無事到着。真夜中だというのにSHATRUさんが出迎えてくれた。お昼近くにスポーツセンターでSANJAYさんの息子で高校生のSHREYくんとバドミントンをして汗をかく。その後、彼はそのスポーツセンターの駐車場で車の運転の練習をしていた。インドでは、教習所なるものは存在せず、自分で練習を積み、乗れるようになるらしい。SANJAYさんの奥さんのRUBYさんにはすっかりお世話になってしまった。DELHIのお土産やさんをあちこち案内していただくこととなる。夕刻仕事を終え、AHLUWALIAさんとBOBYさんが会いに来てくれた。DHYAN SINGHさんをはじめ6人のスタッフも交え、DELHI 最後の夜を皆でたのしむこととなった。
8.18 THU DELHI → 機中
SANJAYさんご家族と、SINGHVI JEWELLERASのスタッフみなさんの見送りを受け、空港へ。途中、ドライバーのRAJEEVさんとMAHESHさんが気を利かせて、酒屋とたばこ屋に寄ってくれた。「キングフィッシャー」と「ビリー」を調達した。ビールは空港の免税店では手に入らないし、煙草は不思議なことに免税店で売っている物の方が高額になってしまっているのでありがたかった。手を振る2人に見送られて空港ロビーへ。煙草の吸えるラウンジで満足感に浸りながら一服し定刻通りのJALへと乗り込んだ。
8.19 FRI 機中 → 成田
成田に8時過ぎに到着した。麻薬犬が税関付近をうろついており、私の足元を嗅いでいたが素知らぬ顔で行き過ぎた。
到着ロビーで早速、DELHIとMANALIへ無事帰国の一報と大変お世話になったお礼を国際電話で述べる。愛知に滞在中のSANJAYさんにも連絡をとり、皆が心づくしの歓迎をしてくださった事への感謝をお伝えした。彼は、いつも、古くからの友達なのだから当然だと言ってくれるのであるが、彼が日本にやってきたときに何もしてあげられない自分がいつも恥ずかしく思う。
村越先生が多年にわたりおつきあいされてきたたくさんの方々。そうした方々とこうして今でもおつきあいさせていただける自分がとっても幸せに思えた。
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