2003年10月28日 村越昇先生遺稿集 
「自由をもとめて 山へ世界へ」

完成しました。編集協力金を御協賛いただきましたみなさまには順次送付させていただきます。




問い合わせ先:  E-mail : takizawakenji3@hotmail.com











村越昇先生遺稿集編集状況についてのお知らせ

9.24現在    10月上旬の発行を目指して、最終作業に入っております。

7月末で、出版社への入稿も終え、当初予定より若干遅れ気味ながら着々と
作業を進めております。今しばらくお持ち下さいますよう、お願い申し上げます






 村越昇先生遺稿集出版に対する協力のお願い
                   2003年2月 
                   編集委員会委員長 高野 忠夫
 
 
 新年を迎え、お元気でご活躍のことと拝察申し上げます。
 さて私たちの友人、村越昇さんが2002年2月15日に亡くなってから、はや1年になります。この間私たちは、村越さんを失った事の大きさを痛感させられています。
 村越さんは生前の幅広い分野で活躍されました。1962年、早稲田大学を卒業後埼玉県立行田高校(現在の行田進修館高校)、熊谷高校の社会科教師として38年間教壇に立ち、多くの生徒を指導されました。また部活動では山岳部顧問として生徒を指導し、多くの生徒たちを育て、彼らから信頼されました。
 この間民主教育発展と教職員が働きやすい職場をつくるために教職員組合の分野でも活躍されました。また多くの仲間たちと共に地域の革新化のために努力し続けました。1970年代から20年続いた埼玉革新県政の前進のためにも努力しました。
 その一方で若い時から仲間と山に出かけ、登山の素晴らしさを語り続けました。特に退職前から多くの山の仲間たちに呼びかけてインドヒマラヤ・トレッキングに出かけ、外国登山に無縁であった山仲間に夢を与えつづけてくれました。そうしてその後は、山岳会「熊谷トレッキング同人」の会長として多くの人に登山の楽しみを広め、安全な登山をするための技術向上をめざす活動に活躍し続けました。村越さんは病気になってからも、体力の続く限り山に登りました。そして仲間が安全に登山を続けられるように気を配り、最後までともに山を楽しむことを望んでおられました。
 このような活動の中で村越さんは、多くの山に関する文章や講演記録、またたくさんの素晴らしい写真を残しました。私たちは、これらを一冊の遺稿集にまとめて刊行することにいたしました。それは、そこに示された彼の「自由」を求める熱意と、山への熱い思いを多くのみなさまに改めて見て、読んで、そして知ってほしいと考えたからです。
 遺稿集の刊行は少なからぬ資金を必要とします。私たちは、友人のみなさまの資金の協力を得て、これを刊行しようとしております。多くのみなさまにご協力をいただき、村越昇さんの写真と遺稿を永くお手元に置いていただきますよう、お願い申しあげます。

 協力金募金の要領
 (1)1口 3000円 (ただし何口でも結構です。)
   ご協力いただいた方には、遺稿集を進呈いたします。(出版予定8月末)
 (2)期間
   2003年2月 〜 3月末日
 (3)振り込み先
   郵便振替「(口座番号)00100−3−628382(加入者名)高野 忠夫」
   郵便局でご記入いただくか、専用振込用紙をご請求下さい(その場合振込料金は当方負担となります)。

  問い合わせ先:  E-mail : takizawakenji3@hotmail.com