縄文人も登った山を歩く アルバム
期 日:2026年1月18日(日)
山 域:山梨県笛吹市:釈迦ヶ岳1641m
目 的:縄文人が登った山で、富士山と南アルプスの展望を楽しむ
山行形態:ハイキング
参 加 :(5名)Ⅼ高橋仁、高橋陽、瀬戸、渡部、赤坂
行 程:快晴
道の駅川本6:00=花園=中央道経由=河口湖=県道719号若彦トンネル=水ヶ沢林道=スズラン群生地登山者駐車場8:15/8:30→府駒山登山口8:45→府駒山9:30➝釈迦ヶ岳10:10/11:15→釈迦ヶ岳登山口12:10→駐車場12:40=往路を戻る=川本16:10
富士山と富士五湖を取り囲むように連なる御坂山地。その最高峰が黒岳(1793m)で、その黒岳から北西へと派生している山脈上に釈迦ヶ岳がある。そんな地形上の事もあって、未踏峰の山になっていた。「岳人」と「山 渓」に、縄文人と登山に関わる記事を見たのがきっかけで、この山を歩きたくなった。
今日は、少し霞があるが、青空の広がる快晴の登山日和になった。スズラン群生地の先の府駒山登山口から積もった落葉を踏んで歩こう。すぐに寒さは消え失せて、体が汗ばんできた。ほどなく稜線に取り付いて、小さなアップダウンを繰返して府駒山に着いた。落葉した樹林越しに大菩薩から滝子山へ続く「小金沢連嶺」が見える。その東奥には扇山の山火事の煙が、ぼんやりと霞んで見える。まだヘリによる消火が続いているようだ。
先へ進もう。三角に尖った釈迦ヶ岳を目指して、アップダウンやロープの岩場をこえて、山頂に着けば、富士山をバックに鎮座した二体のお地蔵さんが迎えてくれた。このお地蔵さんの場所が縄文土器が発見された地点だ。
探検家の高橋大輔氏は、山渓の寄稿文(2025年2月号:抜粋)で、「縄文人が急峻な釈迦ヶ岳の山頂にわざわざ重い土器を持ち運んだのは、目の前に屹立している富士山を遥拝するためではないか。縄文人はなぜ山に登ったのか。私は釈迦ヶ岳に登り、狩猟採集や地域間交流以外の、人知を超えた自然との邂逅があったことを悟った」と述べている。
縄文時代にも噴火を繰り返した富士山に、畏敬の念を抱いて遥拝した縄文人。それは日本人の山へのあこがれや現在の私たちが山に登り、周りの山々を見渡す喜びなどに通じているのかも知れない。
さて、富士山、黒岳から節刀ヶ岳、王岳と連なる御坂山地、南アルプスは聖岳から、北岳、仙丈、甲斐駒まで、八ヶ岳、奥秩父、大菩薩から滝子山、奥多摩までパノラマの展望を楽しんだら、ゆっくりとランチタイムを取り、下山としよう。釈迦ヶ岳登山口への下山路は、落ち葉に隠れた石ころや、崩壊個所もあり、お世辞にも歩きやすいとは言えないが、ゆっくり慎重に下って、林道に着いた。駐車場まで戻って、今日の登山は終了。
芦川町の農産物直売所と、富士浅間神社を参詣して帰ろう。 (高橋仁)