【ハイキング】ハワイトレッキング

投稿日時: 2019/11/28 システム管理者

 

山域山名:ハワイ諸島(オアフ島、カウアイ島、ハワイ島)

期日:2019年9月5日から11日まで7日間

参加者:L橋本 SL大嶋 瀧澤 黒澤 軽石 高橋武 豊島

カウアイ島ワイメアキャニオン展望台で2019.9.6


行動記録:

9月5日(木)<天気晴れ>

熊谷駅16:16=上野駅17:21=京成上野駅17:50=成田空港18:24/21:15=(HA824便)=ホノルル空港09:50/12:30=昼食12:55/13:20=ダイヤモンドヘッドパーキング13:25/13:30ーダイヤモンドヘッド山頂14:15/14:30ーダイヤモンドヘッドパーキング15:05/15:10=ハナウマ湾自然保護区15:35/16:30=東海岸ドライブーワイキキ・サンドビラ・ホテル17:55ー市内で夕食ーホテル20:45

(注:ハワイの時間は日本との時差が -19時間あるので、出発までは日本時間、ホノルル到着時からハワイ時間にしてある。ホノルルの国際空港は正式名ダニエル・K・イノウエ空港であるがホノルル空港やダニエルK空港等と記す)

 熊谷駅を予定より少し早く出発。京成上野駅で橋本さん合流。スカイライナー55号で成田空港第2ビル駅に向け出発。到着後すぐに出発ロビーへ。全員の搭乗手続きが済んだところで一旦解散それぞれ自由行動。全員が再集合したところで20:25出国手続きへ。手荷物と身体検査は以前とあまり変わっていないが、出国審査はスキャナーにパスポートをかざし顔と指紋の照合するだけ。1分もかからず終わった。かつてはドキドキしながら並んで審査を受け、それが終わると「さあ外国に行けるぞ」と実感したものだったが何か気抜けした感じ。20:45搭乗口に着くと待合室の椅子はかなり埋まっていた。21:00搭乗。21:15飛行機がターミナルから動き始め、21:40成田空港離陸。日付変更線を越え9月5日の午前9時50分ホノルル空港着陸。窓からはまだ就航したばかりの全日空のA340の大きな機体が見えた。10:05飛行機を降りる。

 長い通路を通って入国審査場へ。審査場はものすごい人の数で迷路のようにならばされた。入国審査が終わって預け荷物を受け取り空港建物から外に出た時は11:25。外は暑かったがカラッとしていて風もあり爽やか。まずはレンタカーの受付に行くのだが場所よくわからない。空港職員らしき人に場所を尋ねやっとのこと到着。大した距離でなくも初めてのところは遠く感じる。12:05レンタカーの受付が終わり車のキーとカーナビを持って駐車場に向かう。国際免許は橋本さん、豊島さん、黒澤の3人が取得していたが、運転手を3人登録すると料金がかさむので今日は橋本さんと黒澤が運転を担当。まずは左ハンドルに慣れている橋本さんが運転。なんやかや駐車場を出た時は12:30になっていた。カーナビはスマホ型で日本語表示になっていたが日本語での入力ができず私には使いにくかった。まずはダイヤモンドヘッドに行くのだがうまくセットできず、私が持参したガーミンのGPSで目標を定め橋本さんに口頭で案内した。ダイヤモンドヘッドが近づいたところで道沿いの食料品店に車を止め銘々食べる物を買って店の外のテーブルで昼食。ダイヤモンドヘッドはトンネルをくぐって中に入る。今回ハワイに来ることになって知ったのだが、ダイヤモンドヘッドはワイキキビーチから先の尖った岬のように見えるが、カルデラ火山なのだ。ダイヤモンドヘッドの外からの登山道はなく、カルデラの中に入らなければダイヤモンドヘッドの山頂には行けない。駐車料金5ドル。ダイヤモンドヘッドへの登山路はずっと舗装されていた。山頂近くにダイヤモンドヘッドのカルデラが一望できる展望台あった。山頂直下で登山路はトンネルに入り、ここを出るとすぐ右側に山頂に直登する梯子があった。急斜面で長いので私は左の迂回路から登った。山頂に着くと360度の展望。ワイキキビーチもよく見える。山頂のすぐ下はトーチカになっていた。真珠湾攻撃の日本軍機はダイヤモンドヘッド上空を飛んでいるので、次の来襲に備えて作られたものだろうか。駐車場から山頂までの登りは45分かかり、ほぼガイドブックの通りの時間だった。

 ダイヤモンドヘッドから運転を黒澤に代わった。初めての海外での運転。運転そのものは心配するほどではなかったが、左前方から対向車が来るのに慣れていないため、ついつい右側に逃げてしまう。右側に寄りすぎると何度もよく注意されたが、これだけは最後まで慣れることはできなかった。ハナウマ湾自然保護区に向かった。ハナウマ湾自然保護区は上から眺めると小さな湾の奥にビーチがあり沢山の人が海水浴をしてるのが見えた。だがそこに行くには入場料が必要だった。金を払って橋本さんと豊島さんが降りていったが、あとの5人は駐車場の周りの散策路を歩いて海を眺めたりベンチに寝転んだりした。続いてコオラウ山脈からホノルル市街が一望できる展望台に向かって海岸線の道を走る。左側はコオラウ山脈の山体崩壊でできたものすごい断崖絶壁。コオラウ山脈の東側は貿易風があたり雨が多い。我々が走る間も雨が降ったり止んだり。カイルアの町近くで左折し展望台を目指しホノルル方面に車を向けると、仕事を終え家に帰る車なのだろうか、対向車線は大渋滞になってきた。ハワイでもこんな光景になるのかとちょっとびっくり。展望台への入り口は閉鎖されていた。もう長いこと閉鎖されていたような様子。道路崩壊でもしているのかもしれない。展望台の観光は諦めてホテルに向かうこととした。ホノルル市街地に入る前に橋本さんに運転交代。人通りの多いところは橋本さんの運転。25分ほどでホテルに到着。荷物を部屋に運び終えてから、私と橋本さんでレンタカーを返しに。まだホノルルの様子がよくわかっておらずレンタカーを返す場所を探すが大変だった。その前に満タン返しでガソリンスタンドに行ったがやり方がよく分からずこちらもだいぶ手間取った。やっとのこと車を返し、夕食のレストランを適当に探して入ると、なんとホテルで別れた仲間達も同じそこで食事をしていた。一緒に食事を済ませホテルに戻り、日本からずっと続いた9月5日の長い一日を無事終えることができました。      (黒澤記)

9月6日(金)<天気晴れ・曇り、小雨>

ホテル4:50=タクシー=ダニエルK空港5:10/6:20=航空機=カウアイ島リフェ空港7:00/7:25=レンタカー=ワイルア滝7:45/8:00=ハナペペ展望台・吊橋=ワイメアから550号経由=ワイメア渓谷展望台10:20/10:40=プウヒナヒナ展望台11:10=コケエロッジ11:20ー北東山麓へハイキングし森林内広場で昼食12:00/12:30ーコケエ博物館12:50/13:20=カララウ展望台13:30=プウオキラ展望台から稜線のハイキング14:00/15:00=ケカハ経由コロア16:40/17:00=リフェ市内17:30/19:00=リフェ空港19:20/20:10=航空機=ダニエルK空港20:40/21:10=タクシー=ホテル21:45

2日目は早立ちでカウアイ島に行く。午前3時ころ起きると東の空にオリオン座が輝いていた。朝4時にコールが鳴り、起きて準備を始める。4時50分ホノルル市街地のホテルからタクシーで、ハイウエイを順調に走り、空港に着く。セキュリティチェック後、ハワイアン航空機でカウアイ島リフェ空港に着陸。雨が降った後か、地面が濡れている。レンタカーを借り、早速、島内初めてのワイルア滝を目指す。幹線道路から滝への道に入ると2車線ながら狭い。朝日の中で山の方に虹が見える。綺麗だ。車のナンバーには”ALOHA STATE”とあり虹のマークが入っている。道路の行き止まりのPには数台が駐車している。下りて、右の谷に落ちている滝を見る。かなり水量が多い2筋の高さ40m位の滝だ。断層に滝ができたらしく滝壷も大きい。落水が朝日に白く輝く。ただ、下の川まで下りられない。滝遠望で終了。植物に関心のある人は周りの植物を見学。ハワイ固有種の火が燃えているようなオヒアがあった。滝を後にして、今度は島の南部を西に向かう。雨が降るが止む。速さ50マイル(時速80km)ほどで走る。ハワイはイギリスの影響が強いせいか、どこもマイル、ポンド、ガロンを使っており、km、kg、lに換算しないといけない。途中の店で朝食。鶏が歩き回っていて、人の落とす食べ物をつつく。さらに西に走り、草原のような場所、右側に森のある場所を走る。この島も昔はサトウキビ栽培と製糖業が盛んだったという。それらしき古い工場も見える。ハナペペ渓谷展望台を少し行き過ぎ、車を止めて北側の渓谷を見学する。渓谷が深く島を刻んでいる。ハナペペの集落に吊橋があるので立ち寄る。古い木製の吊橋だ。P近くにアカシアのようなクリーム色の花が咲いている。さらに進んでワイメアの街に入り直ぐに北に曲がり、いよいよワイメア渓谷を望む稜線を登る。この道は渓谷の西側の稜線にあり、周りは草、潅木くらいで見晴らしがよい。右はワイメア渓谷、左は太平洋。カウアイ島ワイメアキャニオンに来ているのだと実感する。運転に集中しているが、道が狭く左右のラインの鋲を踏んでしまう。カウアイ島は地質的には500万年前にホットスポットの上で作られプレートに乗りここまできた。その間に高かった山は侵食を受けて谷と尾根の起伏の激しい島になり、植物が繁った。そのためカウアイ島は別名「ガーデンアイランド」といい緑が濃い。ワイメア渓谷展望台に立ち寄る。谷を見下ろす展望台からは渓谷の全体が見え、ワオーと叫びたくなるほど。この景色は説明しても写真でも、伝えることは難しい。火山の地層が浸食を受け、険しい谷になっている。滝も見える。渓谷上流の別の展望台からはまた別の景色を楽しむことができた。谷の向こうの尾根に人が歩いている。滝に向かうトレイルがあり、本格的な登山をする人が歩く。近くに腰布だけのハワイ原住民の格好をした人がおり、チップを入れ、一緒に写真を撮ってもらう。先住民の人は片言の英語でやり取りしても明るく楽しい。

 ワイメアキャニオンを楽しんだ後、少し車で走り、広い草原のあるコケエロッジに車を停めた。ここからは尾根の山麓のトレイルを歩く。広い草原を横切り、その中の大木を見上げ、ジンジャーの花を見て歩く。トレイルは若木の林の中だ。小さい谷を横切る場所にはハワイ固有の花ネヘが咲いている。林床にはシダも多い。木々にはコケが生えている。雨が多く生えやすいのだろう。大木が倒れた明るい広場で昼食にした。ここからコケエロッジに戻る。途中にはコアの木などあり、珍しいので見入る。コケエ博物館見学後、さらに走り、カララウ展望台で島の北西部のナパリコーストを展望する。険しく、ガスが湧き、海が見え絶景だ。最終Pまで行き、稜線を往復1時間のハイキングをする。すでにここは右側がワイメア渓谷の最上流部で、左がナバリコーストの切れ落ちた谷だ。登山者がちらほらおり、ドイツからきた2人連れも歩いている。雨が降ったり止んだりして、雨具を出すかださないかくらいだ。ガスが谷にかかり景色がはっきり見えない。30分間、雨で滑りやすい道を歩き戻る。それから15分くらいたってから海岸沿いの谷のガスが切れ、日も射し美しい谷の全体が見え、ここまで来た甲斐があったと実感する。

 帰り道はコケエロード途中から、ケカハに下りてリフェに向かった。昔風の建物が残っているというコロアに立ち寄る。川のそばには1925年に植えたという、モンキーポッドの木があった。100年たたないのに巨木である。また、枝から根が垂れてくる大木もあり、皆で見入る。

近くの店で飲み物を買う。店はSUEOKA MARKET とあり日系の名前である。50号に戻るときにツリートンネルがあり、杉並木のようでもあった。

 リフェに戻り、給油し、夕食をとる。レンタカーを返し、航空機でオアフ島に戻りタクシーでホノルル市街地のホテルの戻ったのは9時を過ぎていた。感動と刺激の多い盛りだくさんの1日が終わった。                       (橋本記)     

9月7日(土)<天気晴れ、ワイメア以降は曇り・雨>

ワイキキ・サンドビラ・ホテル出発7:50=ダニエルK空港8:20/10:10=エリソン・オニズカ・コナ国際空港10:55/11:15=(バス移動)レンタカー手続き11:25/12:00=カワイハエ12:50/13:25=プウコホラ・ヘイアウ国立歴史公園13:30/14:20=ワイメアスーパーマーケット15:00/15:30=サドルロードのマウナケア入り口(2000m)16:25=キャッスルヒロハワイアンホテル17:30

7時にフロントに集合し、ホテルのレストランでバイキングの朝食。風が入り、開け放たれた窓から鳥が自由に出入りしている。既にタクシーが来ているので、少し早いが空港へ出発。話好きのドライバーは、最後まで話が止まらない。どうやら国際線乗り場に降りたらしい。歩いて移動。履物まで検査される入念なチェックを通り、無事離陸。ハナウマ湾が雲の間からくっきり見える。離陸から30分ほどで、マウイ島の南に赤く流れた山肌が際立つ島が見えてくる。ハワイ島の方向には、雲の上にマウナケアらしい山が聳えている。

コナ空港は、溶岩台地の中の滑走路に向かって降りる。建物は平屋で、風が通り抜ける南の島らしい建物だ。送迎バスで、レンタカー会社へ行き手続きをする。運転手になる3人の免許証、クレジットカードの提示を求められる。手続きを終え車の計器を確認し、橋本さんの運転で出発。

島を覆う溶岩には手を付けず、その上に必要な人工物を造ってきたようだ。19号線を北東に15分ほど走った所で、海まで続く溶岩を間近に見学。イネ科の植物が繁茂している。ファラライ山の緩い斜面には溶岩の中に建物が幾つか見える。コハラ山脈が見えてくると北東風が強くなってくる。ワイメアに曲がる角を左に進み、昼食予定のカワイハエの町へ。目当ての「キッチン」はお休み。仕方なく近くのガソリンスタンドの「MINIT STOP」で昼食を調達し、外のテーブルで、強風に煽られながら食事を済ます。ここから5分ほどでプウコホラ・ヘイアウ国立歴史公園に着く。カメハメハ?世によって戦争の神に捧げられた神殿が造られた、「鯨の丘」には、1928年に復元された大きな石垣が残っている。赤茶けた土の丘に、角の無い扁平した石で組まれている。吹き曝しの丘から海岸に降りると、林の中の湿地に拳大の緑色の実が沢山生っている。ごつごつした溶岩の塊を避けながら駐車場に戻る。

ここから黒澤さんの運転で、ワイメアを目指す。19号線に戻り東に走る。14時半頃からガスが降り始め、雨になる。今夜のマウナケアビジターセンター周辺のトレッキングと星空観望に備え、マーケット(フードランド)で夕食とビールを買い込む。いよいよマウナケアに出発。190号線を南に進む。左側に牧場が広がる。10分ほど行くと、噴火口のある小さな丘が幾つも出てくる。200号線(サドルロード)に入り少し行くとユーカリの林が現れ、羊や牛がのんびりしている。16時橋本さんと運転を交代し、200号線の本道と合流。暫く行くと前方に虹が出ている。5分ほどで虹の下を潜ると雨!標高1900m辺りから一気に黒い溶岩が現れる。標高2000mのマウナケア入り口はバリケードで封鎖されている。事前の情報で、頂上は入れないと分かっていたが、ビジターセンターまでも入れない。バリケード内の車やテントに人は居るがどうにもならない。風雨が強まり、テントも雨具もびしょ濡れでも彼らは「聖地を譲らない」。私たちは、諦めてヒロのホテルに向かうことにする。200号線を東にぐんぐん下り、海岸の道に出る。17時半ホテルに到着。チェックインを済ませ、マウナケアのために準備した食料とお酒を持ち寄り楽しい会食。明日の確認をして19時45分解散。                   (豊島記)

9月8日(日)<天気晴れ>

ヒロ市内ホテル8:00=溶岩流(2018年5月)8:40/9:30=ボルケーノ国立公園入り口10:25ーキラウエア・ビジターセンター10:30/10:50?ーラウエア・カルデラ展望―ボルケーノ・ハウス(昼食)12:10/13:10=チェーン・オブ・クレーター13:30/13:40=ウィッティングトン・ビーチパーク14:30/14:50=コナ(宿・アストン・コナ・ホテル)16:30=夕食・買い物17:20/19:00

昨夜の雨で洗われ、すがすがしい緑の中、出掛ける。陽を受けて海も美しい。キラウエアに行く前に、2018年5月の溶岩流を見るためラバツリー方向へのわき道に入る。いきなり黒々とした溶岩流が現れる。辺りは住宅街。とはいっても日本の別荘地といった雰囲気で明るい緑あふれる緩傾斜地に家がポツポツ建っている。溶岩は粘り気のある液体が流れたといった風に表面にはくっきりと流紋がある。枕状溶岩も見られる。木の燃え跡が丸く残っている。交差点は背より高く埋まり電信柱は倒れ、上方を見ると焼跡のように少し凸凹しながらもほぼ平かに広々と溶岩が盛り上がっている。下方を見ると何事も無かったかのように、明るい木立の中にアスファルトの道が伸びている。凄まじい。地球は生きていると実感しました。

ボルケーノ国立公園では先ずはキラウエア・ビジターセンターで勉強してからクレイタ―・リム・トレイルを通ってキラウエア・カルデラを見に行く。樹林帯を行く。濃緑の葉に赤い糸の集まりのような赤い花を付けている木が多い。オヒアと呼ばれ赤い糸のようなものは雄蕊でハワイの固有種とのこと、溶岩地帯にいち早く生育するとのことである。シダも多く、枝分かれしつつ背丈ほどもこんもり広がるものや、5mの大木状になるものもある。ところどころ路のすぐわきに熱い水蒸気が噴き出している。キラウエア・カルデラは草木の無い平原で安達太良の沼ノ平を連想する。その中に噴火口がへこんでいる。カルデラの縁にはオヒアの純林、反対側は草原状でその中には、草丈1mほどのランが5cmほどの白花をつけている。草原の中を帰路につく。途中、草の枯れているところが現れ、熱のせいか化学的なものかと話しているうちに硫黄臭くなる。サルファー・バンクスとあり、日本のいわゆる地獄を小規模にした感じのようなところを通る。ボルケーノ・ハウスで昼食、キラウエア・カルデラを見晴らし、庭には美しい花木やシダが植えられている。チェーン・オブ・クレーターでは小さな噴火口を見る。溶岩の塊を持ち上げて見ると気泡が多いらしく意外と軽い。

公園入り口に戻り、今晩の宿のあるコナへと南周りで向かう。低木の広がる平原の中の真っ直ぐな道、左手の海には新しい島ができつつあるはず、島はまだ海面下1000mなので見えないよと言いつつも目を凝らしてしまう。やがて海岸まで下りつき一休み、黒い溶岩が海水に洗われている。北東からの貿易風の影響で東側のヒロでは適度の雨があるとのことで緑豊かだったのに、西側では草原状となり、溶岩が緩やかに海まで流れた跡がはっきり見えるところがある。緑に見えるところも直ぐ下は溶岩なのだろうなと思いつつ進む。本当に若い島なのだなと思いました。                 (高橋武記)

9月9日(月)<天気晴れ>

ハワイ島アストン・コナホテル7:50=コナ空港8:15=航空機=オアフ島ダニエル空港9:00=アリゾナ記念館10:15/12:20ー昼食=戦艦ミズーリー見学12:45/15:00=ドール・パイナップル農園見学16:00/17:00=ホノルル・イリマホテル18:15ー中華料理店でラーメンの夕食19:00ーホテル19:20

 今日は朝にオアフ島に戻る予定。朝食前にレンタカーに乗り込み、コナ空港に到着。この空港はいかにも田舎らしく、空港建物がハワイ独特の民家風でいくつかの独立した建物を露天の通路がつなぐ形になっています。荷物チェック、待合の建物などは車道から直接立ち入ることができる。いざ搭乗すると、滑走路と誘導路は舗装されていますが、その間の空き地は手づかずの溶岩流のままです。この島が何度もくりかえし溶岩の噴出でできあがっている事がわかります。ハワイ島では、そういう貴重な光景が間近に見ることが出来て良かった。

 オアフ島ダニエル空港に到着間際に飛行機の窓からパールハーバーがよく見えました。この入り江はなるほど良港だが、予想していたより小さく見えます。飛行機は予定通り到着。またレンタカーを借ります。今日は見学が中心で、まず「USSアリゾナ記念館」をめざします。記念館はチケットを購入した後、手荷物を預けなければなりません。カメラとサイフ以外はすべてお預かりというから、ずいぶん厳しい。入場すると、2棟の博物館があってここで展示品と映像で日本軍の真珠湾攻撃と太平洋戦争の歴史を学ぶしくみです。映像はおおむね事実に沿っていて公平であると思いました。靖国神社の博物館「遊就館」の展示で、真珠湾攻撃も、日本のポツダム宣言受諾もみんなアメリカの謀略・・・という説明が国内外から批判されて、その後手直ししたのとは違うと感じました。

1時間ほど時間をつぶして見学の時間になるとゲートから入場して、又大きな映画館で映画を見せられます。それが終わると埠頭に移動して連絡の海軍のボートに乗り込みます。上下とも白い海兵の制服が印象的でした。10分ほどで海上の記念館に着くと、5,60人ほどの見学客は黙って桟橋に降りました。私は、人びとの動きからなんとなく海の墓所に到着したというような敬虔な気分を感じました。入り口でもらった記念館のパンフ(日本語版)の冒頭には、「栄誉 追悼 理解」と大きく書かれていて、この「記念館は1941年12月7日亡くなった乗組員1,177名を中に残したまま沈没した戦艦アリゾナ号上に建てられ、彼らはここで永遠のねむりについています」と記されています。記念館の窓からのぞくと、アリゾナの砲台であろうと思われる大きな筒状の鉄板が波の上に出ています。その先に見える白いブイは船首または船尾の印でしょう。この下に確かにアリゾナは沈んでいました。その先の部屋の壁にはおびただしいこの船で戦死した将兵の名前が刻まれています。訪れた客は声もなく立ち尽くしていました。

海軍のボートに乗って陸に戻った後、次は「戦艦ミズーリー記念館」を見学します。その途中売店を見つけてパンを買って簡単な昼食を済ませました。ここから今度はバスに乗って対岸にあるミズーリーをめざします。

艦に乗船するとき見上げてその大きさに驚きました。全長270m、最大幅33mあるとパンフレットには書いてあります。甲板に上がって、日本語ガイドに案内されて見学しました。この船は1944年1月進水し、第二次世界戦争では沖縄戦などに参戦し、1945年9月2日このデッキで日本の降伏文書調印式が行われました。現在はここパールハーバーに係留されて、戦争の歴史を今に伝える記念館として一般公開されています。

印象的だったのは、巨大な16インチ(40,6cm)砲です。これが3門ずつ並んだ砲台が3基もあります。ガイドの話で驚いたのは、沖縄戦の時4月11日、日本軍の特攻機が右舷後方から接近してデッキに体当たりしたそうです。一面火の海になったが、消火活動をして難を逃れたということで、船縁にその衝撃を伝えるゆがみがそのままになっています。搭乗していた日本兵は即死したが、丁重に水葬で葬られ、最近兵士の名前が判明したそうです。日陰のない艦上の見学は疲れました。

これで両博物館の見学は終わり、帰りに「ドール・パイナップル農園」を見学しました。施設の外にはパイナップルの畑、館内では主に加工した土産物販売が中心です。パイナップルそのものの販売品もありましたが、日本に送ることを考えると日本で買ったほうがずっと安い。駐車場脇にそびえるユウカリの大樹は大変立派でしたが、それ以外の収穫はなかったです。

今日のホテルは、サンド・ビラホテル近くのイリマホテルです。チェックインの後夕食は町に出てラーメンで乾杯しました。大変おいしくて、チャーシューの分厚い事には感動しました。                                       (瀧澤記)

9月10日(火)<天気晴れ>

イリマホテル7:00?FIRE GRILL(朝食)7:15/8:0ーイリマホテル8:10/8:40ーUSアーミー博物館9:00/9:10ーワイキキビーチ散策9:15/10:50ー丸亀釜焼うどん(昼食)11:00/11:45ーホテル荷物受取12:00/12:40=ダニエルKイノウエ国際空港13:00出国手続き16:00=航空機HA823=日付変更線を越え成田空港へ

我らのホテルに朝食がない為、近くに出かけることにした。1ブロック南の大通り角に高いビルがあり「ヒルトンガーデン」と読める。1Fのレストラン「ファイヤーグリル」にリーダーが案内してくれた。バイキング形式なのでその点わかりやすい。食後ホテルに戻り部屋の荷物を午前中だけ預かってもらうべく1室にまとめておいてもらった。まだ8時半、昼までたっぷり時間が残っている。そぞろ歩きにはもってこいだが、はぐれないように金魚のフンのごとくリーダーについて廻るしかない。一旦北に向かいU.Sアーミー博物館に着くと大きな公園の一角に大砲や戦車や機関砲が並んでい、大戦時のものだと分かる。中に旧日本軍の貧弱な戦車も英文の説明の碑と共にあり、往時の勇姿を残している。改めて思うとこのような戦車など映画や写真で見知っていても実物を見るという体験が無かったと気づいた。昨日のパールハーバーの戦艦アリゾナやミズーリ号を見て、乗って、これが77歳にして初めてで、改めて平和ボケの日本人の一人として戦争で亡くなった人々を思い様々な感慨を得ることが出来た。公園からビーチに出てみると9時過ぎにして早くも多くの海水浴客が水辺で遊んでた。

長ズボンに靴を履いた我々男たちは明らかに場違いと認識しつつ砂の上を歩いた。この辺りから南を向くと左にホテルのビル群と浜、右に海、その向こうにはダイヤモンドヘッドというお決まりの景色を撮りつつ遊歩道を進んだ。ホテルの庭先とビーチがつながってる所もあり、憩いの人々も増えてきた。浜と道路が近くなった辺りにデューク・カハナモク像があり、そばには飲み物の売り場があってこれ幸いとベンチに腰掛けひと休み。そして眼の前の老若男女の水着姿を飽かずに眺めまったりとした時を過ごした。11時になりホテルに戻る前に昼食を摂ろうと昨日から目をつけていた丸亀釜焼うどんに入り、食べ慣れた日本の味でハワイの最後の食事を終えた。ホテルに戻り荷物をまとめ予約を入れていたタクシーでホノルル空港に着いた。早めに着いて手続きを済ませ出発まで待つのはやむを得ない。ハワイの6日間はこうしてみるとあっという間であった。                               (軽石記)

9月11日(水)<天気晴れ>

日付変更線を越えた関係でプラス1日になり成田空港着19:10 機内預け荷物受領後解散20:30=成田空港発20:50=電車利用=熊谷駅22:40

 時差の関係で日付変更線を越え、マイナス19時間で直ぐに翌11日になり、成田空港は夜になっていた。西に飛行するのでジェット気流の影響を受け往路より45分多くかかる予定だったが順調に飛行し予定の時刻よりも早く着いた。日本のニュースでは9月9日は台風の直撃を受け大変だったようだが、その日より2日遅く予定どおりの到着ができた。    

(大嶋記)